おおむね身長160センチ以上、体重48キロ以上
【限界を越える】という表現はおかしい、と藤江周はしみじみ思う。
越えられないラインだから『限界』なのであって、越えることができたらつまりそれは、まだどこかに余裕があったということだ。
背中におんぶした男の身体は細くて軽い。
警察官の募集要項に書いてある最低限の身体条件を、辛うじてクリアしているぐらいだろう。
それでも人を一人背中に担いで走るのはキツい。
なんで警察官なんかになろうと思ったんだよ、その身体で!!
思わず胸の内で毒づいてしまう。
もっとも志望の動機は人それぞれだ。
とにかく、今は目の前の課題をこなすことだけを考えよう。
絶対に俺は警察官に、刑事になるんだ!!
広島県警察本部警察学校。広島市の中心部からかなり離れた、やや不便な場所に位置しているそこで
は、今年度新たに採用された新任警察官達が日々、現場に出る為の訓練と教育を受けている。
名目上は【学校】となっているが、彼らは既に県警の一職員であり、給料も支払われている。
全寮制であり、高校卒業後、採用試験を経て広島県警に就職した藤江周も家を出て現在、同期の仲間達と一緒に寮生活をしている。
第50期生は合計70人。2クラスに分かれ、35人ずつで授業を受けている。
しかし今は既に周のクラスメートは32人に減っている。既に3人が辞めていったからだ。
初めの一ヶ月はまさに【監獄】のようだった。
携帯電話を取り上げられ、外出も緊急時を除いて一切禁止。
あの独特でなんともいえない空気に耐えられなくなり脱落した者。
それとは別に、ストレスのあまり問題行動を起こして依願退職を迫られた者。
理由は様々だが、彼らは一様にここを去る時、死んだような顔をしていた。
実際、授業はかなり厳しく、甘えは一切許されなかった。
その点で周は予備知識があった分、他の同期生よりも有利だったと言えるだろう。
県警のホームページに載っている『警察学校の一日』は、ほんの表面をかすった程度の内容を紹介しているに過ぎない。
本気で警察官になりたいと思うんなら、覚悟を決めるんだよ?
言われるまでもなかった。
高校2年生の時、卒業後は絶対に警察官になると決めたからだ。
いつか必ず【あの人】の隣に立つことができるようになるために……。