うふふ、捕まえてごらんなさ~い
その時だった。
「おい、そこ! 本気でやってんのか!?」
沓澤の怒声が飛ぶ。
『そこ』と、言うのが自分達のことだと気付くまで、やや時間がかかってしまった。
その時、周は倉橋と組んでいた。お互い真剣なつもりだ。
だが、教官にしてみれば、手加減をしているように見えたらしい。
沓澤は周と倉橋の間に立って、二人を引き剥がした。
「お前、こいつを本気で殴れ」
教官は倉橋に命じる。
「え……」
視界の端で北条がニヤリと笑ったのが見えた。
しかし倉橋は躊躇している。彼は元々気持ちの優しい男だ。その上、親しい相手となればなおのことだ。
早く、と周は目だけで彼に伝えた。
「はよせぇ!!」
教官の怒号に押し出されたかのように、倉橋は腕を振り上げた。
彼は左肘を引いた。
左からパンチが飛んでくる。咄嗟に周は身をかわした。
「ほぅ……」
周が避けたことに倉橋はホッとしたようだった。しかし。
「はーい!! じゃ、次アタシにも何かやらせて!!」
北条がいきなり手を挙げると、周の前に立ちはだかる。
沓澤はやや困惑した顔をしているが、はい、と頷く。
な、何を言い出すつもりだ?!
周は切実に身の危険を感じた。
「じゃあ、そうね……実際にありそうなリアリティのある設定で。何かお題を出してみてちょうだい」
嫌な予感がして、周は違う意味で心臓が高鳴るのを感じた。
「……ならば、北条警視。あなたは不法就労している外国人で、働いていた風俗店にやってきた生安の警官に追われる身……と、いうことで逃げてください。藤江、お前は全速力で追いかけろ」
「いいわね、それ。リアルによくあるから」
北条は言い終るか否かと言う時点でいきなり走りだし、道場の中を猛スピードで駆け回る。慌てて後を追う周。
道場は120畳敷きの広さである。足の長さという点で既に遅れをとっている周にとって、確保できるのかどうか、既に不安を感じてしまっている。
しかし、途中で気がついた。彼は周が追いつけるように調整してくれている。
「いいか? お前ら!! 奴らは死に物狂いだ!! 強制帰国させられたら、先は見えている。どうにかして逃げようと必死になる……」
沓澤が学生達に説明する。
どうにか周は北条に追いつくことができた。
その時、むかし、和泉が教えてくれたことを思い出す。
追いかけている相手の襟首を掴んで後ろに引っ張るのはダメだよ。
犯人に追いついた場合、自分のスピードを利用して相手を前方に突き飛ばす。これが正解ね?
そこで周は、思い切り全身で彼にぶつかって行った。が……。
体格の差は埋めきれなかった。北条はビクともせず真っ直ぐに立っている。
沓澤は微妙な顔をしている。周の行動そのものは間違っていないのだが……相手があまりにも悪かったと言うところか。
北条は嫌な笑顔を浮かべて振り返ると、何を思ったか突然周に抱きついてきて、畳の上に押し倒してきた。
「……?!」
パニックになった周は暴れて手足をばたつかせたが、相手は何しろ元々特殊捜査班の隊長である。力でかなう相手ではない。
あ、なんかいい匂いがする……って、そんなことを考えている場合じゃない!!
「はーい、こっから先は未来の女警達。あんた達に問題よ」
やや遠巻きに事態を見護っていた女子生徒達は、全員はっと顔を挙げた。
「こんなふうに襲われた時、どう対処するのが最善だと考える?」
まったく歯が立たない。
どうしよう……?
「ほら、早く答えないと……」
北条は周の帯をほどき、道着を脱がせようと襟に手をかけてくる。
「この子の道着、全部脱がせちゃうわよ?」
気のせいだろうか? 女子達が全員、なんだか目を輝かせているのは。
まさか、それもアリだとか思っていないか?!
周が心底焦った時、女子生徒の一人が手を挙げた。女王、宇佐美梢だ。