あんたたち、やっぱりタイトルどおりね
≪土曜日≫
目が覚めたら、隣に和泉が横たわって微笑んでいた。
などという悪夢のような休日の朝。
「おはよ、マイハニー周君」
「な、な、なんで?!」
周は驚き、慌てて半身を起こした。
「ちゃんと許可をとって、オカマに合い鍵を借りて入ってきたよ?」
「侵入経路なんか聞いてねぇよ!! なんでここにいるんだ?!」
しゃっ、とカーテンを開ける音。日差しが眩しい。
「ねぇ、デートしよ、出かけようよ? 外はいい天気だよ。暑いけど……」
和泉はベッドの上に正座して周の手を握り、ブンブンと左右に揺する。
「……デートだったら行かない」
「えーっ、なんで、どうして?!」
手をつないでいいかとか、腕を組んで歩きたいとか、何かとうるさいから。
「周君がOKしてくれたら、支払いは全部僕が持つんだけどな……」
「ちょっと待ってて、顔を洗ってくるから」
意外とゲンキンな周は洗面所に向かった。
「服着替えるから、外で待ってて」
「え~、周君のお着替えシーン、見た……べふぅっ!!」
変質者を部屋の外に蹴り出しておいて、周は服を着替えた。
「どこに行きたい? どこでもいいよ」
「……宮島……」
「そうなの?」
「姉さんに会いたい。前回、ロクに話もできないまま、妙な別れ方したから……」
「そうだったね、じゃあ行こうか。手をつないでね?」
「断る」
※※※
『一身上の都合』
陽菜乃が姿を消した理由は、ただそれだけしか知らされなかった。
もう会うことはないだろうという、あの時覚えた予感は事実となった。
自分が彼女に対してどういう感情を持っていたのか、未だによくわからない。
でも。
なぜだろう。
時々、ひどく切なくて泣きたくなるのは。
答えなんてなくていい。
ただこの気持ちだけは、和泉には知られたくない。
こっそりと姉にだけ打ち明けて、そうして、いつか思い出になればいい……。
※※※
今日は特に約束はしていない。
夏休みシーズンである今、旅館の方も忙しいだろうとは踏んで出かけて行ったのだが。
正面玄関をくぐると、美咲が出迎えてくれる。
「周君!! 今日はどうしたの? 来てくれて嬉しいわ」
「……急に、姉さんの顔が見たくなって……今日は旅館の方、忙しい?」
すると彼女は【若女将】から【姉】の顔へと変わった。
何も言わなくてもわかってくれたようだ。
姉は黙って弟の手を取ると、実家の方に連れて行ってくれた。
縁側に2人並んで腰かけ、そうして。
風鈴の音を聞きながら。
時々ちょっかいを出してくる猫たちを適当にあしらいながら。
何もかも全部打ち明けて、そうして気がつけば……頬に涙の跡が残ってしまっていた。
遅めの昼食は和泉の奢りで焼き牡蠣と穴子丼という贅沢を楽しんだ後、周は思い立って包ヶ浦海岸へ行こうと申し出た。
花束を2つ買って。
海水浴場は既に営業を終了したようで、時々サーファーらしき人物をチラホラと見かけるぐらいだ。
周は宇佐美梢の遺体発見現場および、水城陽菜乃の兄が亡くなった場所にそれぞれ花を供え、短く祈りをささげた。
しばらくそこを動きたくなくて、周はじっと海を見つめていた。
和泉は隣に立ち、ただ黙って、それに付き合ってくれていた。
「ねぇ、和泉さん」
「なぁに?」
「そろそろ……捜査1課に戻るの?」
「うん、まぁ……ね。でも、そろそろ人事異動の季節だから、今度は警学の教官にしてほしいって異動願い出すつもり」
「そんなの、高岡さんが許さないだろ……」
「う……それを言われると……」
「俺だっていつまでも学校にいる訳じゃないよ。卒配でまずはどこかの交番だろ? それから……刑事任用試験を受けて……」
「聡さんと入れ替わりで、捜査1課に入る、と」
周は苦笑してしまった。
「……そんなに、都合良く行くもんか……」
「わかんないよ? 上手く行くって信じた方が、本当に上手く行くんだから」
そうだよな、と思う。
失敗を恐れずに、とにかく前向きに。
それからふと、
「……なぁ、ひょっとして俺のこと……心配してくれてた?」
「そりゃ、僕の頭の中はいつも周君でいっぱいだよ」
「そうじゃなくて、ほら、あの……水城のことで……俺が凹んでるんじゃないかって……いうか、その……それで今日、連れ出してくれたのかなって……」
みるみる内に和泉の顔が不機嫌そうになる。
なんでだろう?
何が地雷だったんだ?
「……周君はあの子のこと、どう思ってた?」
「えっと……その、あの……なんか、よくわからない……」
「沓澤さんの美人妻は夫を許したけど、僕は許さないからね?」
「なんだよそれ……」
「浮気だけはダメ、絶対。周君は僕だけの可愛い恋人なんだから!!」
何なんだよ薬物取締強化月間ポスターみたいなこと言いやがって。
……っていうか、言ってることの半分も意味がわからないんですけど?
すると和泉は急に身体ごとこちらを向く。
あともう少し背が欲しい、見下ろされるのが悔しい。
「僕、周君のことが大好きだよ」
真剣な顔で彼はそう語る。
何を今さら。
「聡さんと同じぐらい、ね」
なんだよ。
「俺も……和泉さんのこと、好きだよ」
「ほんと?!」
「姉さんと同じぐらい……」
そうして2人はしばらく無言のまま、ただひたすら寄せては返す波の音と、セミの鳴き声を聞いていた。
それぞれの思いを胸の内に秘めたままで。