告白:2
決して褒められたことではないけれど、自らが浮気者のそしりを受けることになっても、彼女のアリバイを作り上げてやろうと考えたのだ、彼は。
そりゃ、本気で惚れもするよね……。
感心してる場合じゃないけど。
「俺は咄嗟に、この子の声が、宇佐美そっくりだったことを思い出した。それで、他人の耳のあるところで宇佐美梢になりきって、俺にケンカを売れと命じた。ちょうどよいシチュエーションだった。あいつは準決勝で負けたからな……」
「それだけじゃありませんよね?」
和泉の問いに対し、沓澤は答える。
「宇佐美の携帯を陽菜乃に渡し、クラスメートに電話をかけさせて、死亡推定時刻を絞り込ませようと思ったんだ」
しかし。
「確かに、声はそっくりでも、人格までは真似できなかったようですね……」
「……どういう、意味だ?」
「僕があなたと彼女を怪しいと感じたのは、宇佐美梢と思われる人物から、クラスメートに宛てたキャンセルの電話です」
「どういうことよ?」
北条も困惑している。
「突然だけど、行けなくなった、ごめんね。そういうメッセージだったそうです」
「……それの何がおかしいのよ?」
「電話を受けた女子学生が言っていました。あの梢が謝るなんて、と」
「……」
「彼女は唯我独尊というか、まぁ、およそ謝ることを知らない人間だったようです。以前、北条警視から聞いた話から考えてみても……『私は絶対に間違っていません』でしたっけね……とにかく、クラスメートはびっくりした。そこで僕は考えたのです、誰かが彼女になりすまして電話をかけたのでは? 些細なことですが、日頃から接触している人間にしてみればやはり、違和感を覚えざるをえなかったのでしょう」
「そんなことで……?」
「そんなこと、でね。でも案外、些細なことがきっかけで、もつれた糸がほどけて行くものなんだよ」
「すごいね。捜査1課の刑事だっていう噂は、本当だったんだ……」
「噂、ね。真実なんだけど」
和泉は沓澤に眼を向ける。
「それから、どうなりましたか?」
「……店を出た後、俺がなんとか遺体を始末するつもりで駐車場に向かった。でも陽菜乃は……俺から車の鍵を奪って、1人でどこかへ行ってしまった。でもまさか、包ヶ浦海岸へ遺棄しにいったなんて……」
「梢にとっても、思い出の場所だから」
陽菜乃は遠い目をする。
「……辛い思い出なんじゃないの?」
「辛いのは、もちろんです。でも……兄と初めて一緒に出かけた、思い出の場所でもあるんです。あの子は、口にこそ出さなかったけど、本当は兄を……」
そうか。だからこそ、友人のためだけでなく、自分自身のためにも彼の死の真相を明らかにしたかったのだ……。
「最後にもう一度お訊きしますが、沓澤さん。なぜ……こんなことを? あなたは家族と彼女、どちらを本気で守るべきだと思うのですか?」
「俺には……っ、どっちも選べなかったんだ!! 家族は大切だ。でも、この子にあんな思いをさせたくはなかった!!」
「……それは……査問委員会のことですか?」
そうだ、と沓澤は頷く。
「あんなのは非公開の裁判だ。知らない顔の幹部達に囲まれて、この子1人だけが悪いような言い方をされて、デリケートな部分に土足で踏み込まれるような質問をされて、そんな針のムシロみたいな場所に放置するような真似、俺にはできなかった。それに、願いを叶えてやりたかった。兄の事件の真相を調べたいっていう、彼女の願いを……」
陽菜乃は黙って沓澤を見つめている。
その瞳孔は確かに、大きく開いていた。
「ありがとう……それから、ごめんなさい……」
「陽菜乃……」
「罰だったの、きっと。奥さんのいる人を好きになったり、それを誤魔化そうとして他の男の子に近づいたりして、人を欺いて……恨んで、復讐に手を貸したりした……」
「お前が謝ることなんて、何もない……」
陽菜乃は首を横に振る。
「最低ですよね、私。もう、藤江君の前に二度と顔は出せない……」
「最低って言うのは、寺尾みたいな奴のことだよ。君はいたってまともな人間だ」
和泉の言葉に陽菜乃はぱっ、と顔を挙げた。
「周君は決して、君のことを見下げたりしない。すべてを知ってもなお……彼なら……」




