告白:1
消え入りそうな声で「そうです」と、陽菜乃が答えたのは、しばらく時間が経過してからのことだった。
「……とにかく逃げようと必死で、何が何だかわからなくて……気がついたら目の前で、梢が倒れていました」
「あれは、正当防衛だ!!」
「沓澤……」
「陽菜乃は何も悪くない、自分を守るために……!!」
沓澤は急いで立ち上がり、陽菜乃に近づくと、彼女の肩を抱き寄せる。
動物の親が子供を外敵から庇うかのように。
和泉にはそんなふうに見えた。
だが今は、彼らの心情を慮っている場合ではない。
「……だったらなぜ、死亡推定時刻を誤認させるような小細工をしたんですか?」
「……何のことだ?」
「午後7時ごろから午後8時半の間、宇佐美梢がまだ生きているかのように印象付けた。彼女の電話で同期生に電話をかけた。彼女そっくりな水城陽菜乃の声でね。そして午後7時半ごろ、駐車場では宇佐美梢になりきって、あなたと言い争うフリをした……違いますか?」
「それは……」
「どちらが思いついたのか知りませんが、彼女達2人の声はよく似ている。よほど親しい人間でもない限り、区別をつけることは不可能でしょう。まして宇佐美梢の携帯を使って電話をかけてきたのが、本人じゃないなんて、いったい誰が気付けるって言うんですか」
「そう言えば昔、固定電話が主流だった頃には……そういう間違いがよくあったわね。友達の家に電話をかけて、出たのが本人の声だと思って話していたら……実は親や兄弟姉妹だったとか」
「ええ。だから僕は考えたんです、宇佐美梢が生きていたと認識されていた午後7時台より、もっと早い時間に亡くなっていたのではないか……と。教官であるあなたなら、学生の携帯電話を自由にできる……」
「私がお願いしたんです!!」
陽菜乃が叫ぶ。
「どうしても兄のこと……あきらめられなかったから!! 誰に責任があるのか、知りたかったの!! 一ノ関君や西岡君を殺したのが本当は誰なのか、知りたかった。初めは、梢がやったんだって思ってた……」
そう考えたとしても無理もないだろう。宇佐美梢にとっても、あの事件は友人と失う結果となった、辛い出来事だったのだから。
しかしそうではなく、彼女は友人のためにも真相を調べると誓ったのだ。
その考えは決して間違っていない。
彼女が間違っていたのはただ一つ。
兄を死に追いやったと信じて疑わなかった、沓澤という教官に対する復讐心。
それが何も生み出さないことを知らなかったのだろうか。
「だから私も殺されると思って……怖かったの……。どうしていいのかわからなくて、すぐに沓澤教官を呼んだ……」
あの日、と沓澤は後を引き継ぐ。
「俺と陽菜乃は前々から約束していた。武術大会が終わったら2人で食事に行くって。これで最後にするって言われて、俺も了承しました。ところが。約束の時間になっても陽菜乃はあらわれない。不思議に思っていたら電話がかかってきて、大変なことをしてしまったと」
その話に偽りはないらしい。陽菜乃は黙っている。
「模擬家屋に来てくれと言われて、そこへ行ったんだ。宇佐美が倒れていた。既に息をしていなかった……」
揉み合っている内にバランスを崩したか、足を滑らせたか。
いずれにしろ彼女はどこかに後頭部を強く打ち付け、死亡した。
事故と言ってもいいかもしれない状況。
「……とりあえず宇佐美の遺体を、俺の車のトランクに運んで、予定通りに予約してあった店に行った。あんたの言う通りだ。俺は陽菜乃のアリバイを証明してやろうと、小細工を弄した。ない頭であれこれ考えたよ。自分の身が危うくなるとも思ったけれど、この子を守ってやりたかった……」




