隊長さんの苦手なこと
「……周君、どうしたの?」
「別に……なんでもない」
そうだ。そんなことよりも、
「俺……さっきの質問にちゃんと答えられなかったよ? それでもいいの?」
すると和泉は柔らかく微笑む。
「いいんだよ、今はそれで。でもね」
「でも……?」
「これから先、きっと何度もこう言う場面に遭遇することになるよ? さっき僕が周君に訊ねたこと、誰かに訊かれることが必ずあるよ」
そうだろう。
そう考えたら心が重くなってしまった。
「今は上手く言葉にならなかったとしても、さっき感じたその気持ちだけは忘れないで、絶対に。ダメなものはダメ。そのとおりだよ……」
「うん……」
そして和泉はなぜか、教場の前方で呆然と立っている沓澤に声をかけた。
「沓澤さん、お話があります……僕についてきていただけますか?」
※※※※※※※※※
沓澤を連れて、予め北条と打ち合わせをしておいた模擬家屋に和泉は向かった。
この時間、ここには誰もいない。少しの間、4畳半ほどの狭い和室で向かい合って座り、お互いに黙りこんでいた。
ほどなくして北条がやってきた。
苛立ちを前面に出しながら。
おそらく水城陽菜乃に手こずらされたのだろう。
女性のあしらいが上手い彼にこんな表情をさせるとは。
「隊長……あんたまで、どうして?」
沓澤は驚いている。
それには答えず北条は、
「……お茶でも淹れてくるわ」
と、めずらしいことを言う。
日頃はめったに、というか決して自分からお茶を淹れてくれたりはしない彼が、そう申し出ることがあるなんて。
きっと明日は台風がくる。
それから、和泉は北条が淹れてくれたお茶を一口含んで、吐き出しそうになるのを堪えた。
彼が滅多にお茶を淹れてくれないのは、偉ぶっているからではなく、要するに下手なのだということがよくわかった。
熱いし、渋くて飲めたものではない。
どれだけ茶葉を投入したんだ?
「……お話を始めていいでしょうか?」
沓澤はギクっ、と肩を震わせる。
「……宇佐美梢の件です。彼女が亡くなった日……武術大会が終わってからですね。午後7時過ぎでしたか。彼女があなたに、喰ってかかってきたというエピソードですが」
彼は虚ろな瞳でこちらを見つめる。
「それは本当に、宇佐美梢本人でしたか?」
「……どういう、意味だ……?」
「そのままですよ。確かに、その声を聞いたという証言もありますが」
沓澤は答えない。
「先ほど仰った……男なら、好きな女の子に罪を被せるような真似はしない……ですよね? 逆を言えば可愛い子のためなら、どんな重い罪でも庇ってやる……」
「何が言いたい?」
「僕は水城陽菜乃を疑っています」
「違う、陽菜乃は何も悪くない!! あの子は……!!」
「沓澤」
北条が呼びかけると、彼は口を閉じた。
「……なぜか? 端的に言うと、彼女の言動には疑わしい点が多すぎるのですよ」
「一ノ関と西岡を殺したのは寺尾だろう?! あんたが自分でさっき、そう言ったじゃないか!!」
「今は、宇佐美梢の話をしています」
「……」
「僕は何年かぶりに、この活動服を着て……警察官になったばかりの頃のことを思い出していました。同時に刑事になったばかりの頃……僕の父が、捜査のイロハを教えてくれた時のこと……その一つが、犯人は必ず現場に戻るということです」
あの日、と和泉は続けた。
「宇佐美梢の遺体が発見された場所に、彼女は花束を持ってやってきました。そこは彼女の双子のお兄さんが亡くなった場所……」
「だったら別に、何の不思議もないだろう?」
「彼女は我々に嘘をつきました。なぜやってきたのか、その理由を」
「……思い出すのも辛くて、答えたくなかったんじゃないのか」
「1課長である長野と言う刑事が言っていました。遺体はあの場所に『遺棄』されたのではなく『弔い』のつもりであそこに置いた、それぐらい丁寧に扱われていたように思えた……と」
「それは……1課長の主観に過ぎないだろう」
「沓澤さん」
和泉は真っ直ぐに彼の眼を見つめた。
「あなたが守るべき相手は、可愛い学生ですか? それとも愛する家族ですか?」




