ならぬことはならぬ!!
それから和泉は、教場の真ん中に立って大声で叫ぶ。
「ねぇみんな!! こいつのこと、どうしてやりたい? 殺さない程度ならいいよ……仲間を殺した憎むべき犯罪者として、1人1発殴るなり、蹴りを入れるなり、思い切りやっちゃおうか!?」
わーっ、と教場内は大いに盛り上がる。
「や、やめろ……よせっ!!」
あっ、という間に寺尾のまわりに人垣ができる。
全員が何かしら、この男に恨みを抱いていたようだ。
彼らはかつて仲間であったはずの、今やただの犯罪者を、本当に殴ったり蹴ったりし始めた。
「止めて、ダメだよ!! 和泉さん!!」
周は思わず立ち上がり、和泉に縋りついた。
「いくらあいつが最低のクズでも、こんなのはダメだ!!」
「……どうしてそう思うの?」
「こんなことしたって、一ノ関や西岡が還ってくるわけじゃない。まして亡くなった水城のお兄さんだって……!! 決して、誰も幸せになんてなれないだろっ?!」
「周君は、腹が立たないの?」
「ものすごく腹が立つよ。でも……復讐したからって、何も変わらないじゃないか!! 法が裁いてくれるなんて、そんなの正直言って綺麗ごとだと思う。でも……」
「でも? 僕を納得させるだけの、論理的かつ明快な説明ができたら、止めてもいいよ」
わからない。
上手く説明できない。
ただ、間違っていることだけは確かだ。
「わかんない、わかんないけど……」
その時、誰かが言いだした。
「おい、こいつ窓から突き落としてやろうぜ?」
「ここは2階だから、落ちたって怪我ぐらいだろ」
「やめろーっ!! おい、止めろよ、誰か!!」
男性生徒が2人がかりで寺尾の脚部をつかみ、窓枠にしがみついて暴れる彼を、本当に突き落とそうとしている。
「そこまで!!」
和泉は集団をかき分け、寺尾の襟首をつかみ、教場の隅に放り投げた。
髪は乱れ、真っ青になった顔中に汗を浮かべ、寺尾は肩を上下させている。
充血した眼は今にも飛びだしそうだった。
その時。授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
同時に教場内のざわめきは落ち着く。
「全員、指示があるまではここで待機。それと……」
扉が開いて、見慣れない顔の私服警官達が入ってくる。
「寺尾弘輝。一ノ関卓巳氏、西岡宏氏殺害の件で聞きたいことがある。署まで同行してもらおうか」
寺尾は両脇を抱えられ、教場を出て行った。
※※※
「ねぇ、周君」
唖然としている 周に、和泉が話しかけてきた。
耳元に囁きかけるような怪しいポーズで。しかも、肩に手を置いて。
「話は少し戻るけど、周君は、奴の主張にどう返答する? 沓澤さんに疑いがかけられたけど」
周は我に帰ってあれこれと考えを巡らした。
「あの日……日曜日のことだよな?」
沓澤の息子にすっかり懐かれた周は、その後もずっと彼に付きあってサッカーをしたり、公園内を散策したりして、午後5時過ぎまで宮島にいた。
次々とあの日の記憶が甦る。
自分の息子が周に『もっと遊んで』と、せがむのを見た沓澤が、周を学校の寮まで車で送ってくれることになった。
そして周が寮に戻ったのは午後6時半少し前。
「死亡推定時刻は……?」
「午後4時から6時の間」
「だったら沓澤教官にはアリバイがある。5時過ぎまで宮島にいて、俺はずっと一緒にいたし、教官が寮に送ってくれて……そうだ。あの日は道路がすごく混んでて、門限ギリギリだった。結局、着いたのは6時28分だったよ」
周がそう話すと、和泉は頭を撫でてきた。
「……!!」
恥ずかしくて、思わずぱっ、と彼の手を逃れるように身体の向きを変えた。
「犯罪者にもいろんなタイプがいる。他人のせいにする奴、自分は間違っていないって主張する奴……でもね、周君。たとえどんな理由があろうと、人の命を奪うことは絶対に許されない」
いつになく真剣な和泉の表情を見ていて、周は黙って頷くより他なかった。
それにしても驚いた。
水城陽菜乃と沓澤は、本当にそういう関係だったのだろうか?
彼女はどちらかというと、自分に好意がある態度を見せていた気がするのだが。自意識過剰だったのだろうか。




