警察の組織力
「……反論があったらどうぞ?」
発言を許された寺尾は立ち上がり、誰に向かってと言う訳でもなく叫ぶ。
「もし、イチや宏が殺された理由が3年前のことだって言うんなら、動機は俺よりも陽菜乃の方がよっぽど強いじゃないか!!」
一瞬だが周も、寺尾の意見に胸の内で同意してしまった。
「それはそうだね。でも、これから述べる事実を聞けば……彼女が実行犯である可能性は限りなく0だ」
「事実……?」
「第1にアリバイ。彼女はその日、その時間帯……外に出かけていた。動かせない複数の目撃証言がある」
知らなかった。
そこは既に調べがついていたのか。
「第2に、一ノ関君の殺害場所。多少は動かした跡があったけれど、大幅な移動じゃない。おそらく204号室内で殺害されたと見ていい。男子寮……そこはどう頑張っても、女子学生が足を踏み入れていい場所じゃない。この際、男装したんじゃないかっていう可能性は考えても無駄だよ。アリバイの件があるからね」
周はドキドキしながら和泉の顔を見つめる。
次に彼が何を話すのか、緊張しながら。
「そして、決定的な証拠が出たんだ」
全員が黙りこむ。
「指紋が出たんだよ、一ノ関君の首に巻きついていたロープからね」
「指紋……?」
「皆、覚えてるよね? 入校した時に、全員指紋を採取されたこと」
覚えている。何のためなのか不思議に思ったことも。
「その指紋の主は……寺尾弘輝、君だよ」
「ば、バカ言ってんじゃねぇよ!! そんな訳があるか!!」
「真実だよ」
「そんなハズない!!」
「だって、鑑識が……科学がそう証明したんだから」
「違う!!」
「何が?」
「あの時、俺は手ぶく……!! っ……?!」
「手袋をはめて犯行に及んだんだね?」
「……違う、違うっ!!」
「残念だけどね」
和泉はくるりと身体を反転させる。
「事件のあったあの日、町内のとあるホームセンターで君がロープを購入している姿が店の防犯カメラに映っていた。その時は素手だったんだ」
「……違う、俺じゃない……!!」
「実は、あの事件のあった日、もしくはその前日、県内すべてのホームセンターを聞き込みに回って、ロープを購入した人間がいないかどうかを調べたんだ。捜査1課の刑事総出で、ね。一ノ関君の首に巻きついていたロープは新品だった。わざわざ殺害するために買ったんだね……」
そこまでするのか、と周は少し驚いていた。
「驚いてるみたいだね。だけど、これが警察の組織力……」
ああ、そうか。
1人ではとてもじゃないけれど不可能な作業も、複数の人間が協力し合えば時間も手間も短縮できる。
ただそれは、指揮を執る人間あってのこと。
「身内が被害に遭ったとなると特に、刑事達は捜査に力を入れるんだよね。それが例え初任科の1巡査だろうと……我々の仲間なんだから」
寺尾は真っ青になって震えている。
「そ、それは陽菜乃に頼まれたから、梢が……あいつが2人を殺してくれって……!!」
突然、沓澤が立ち上がり、寺尾にツカツカと近づいてくる。
そして。
バキっ!!
彼は寺尾の右頬を思い切り殴りつけた。
「貴様は、それでも男か?! それも、仮にも好きな女に罪をかぶせようとするようなんて……!!」
「落ち着いてください、沓澤さん」
和泉が止めるが、彼はまだ憤懣やるかたない様子である。
「あ……わかったぞ!! あんたが陽菜乃に頼まれて、イチを殺したんだろ?! あいつが上手いことあんたのことを操って……!!」
「……」
「知ってるんだぞ?! あんたが陽菜乃と不倫してるの!! そりゃな、あんな可愛い女が色目使ってきたら、男だったらイチコロだよな!!」
沓澤の表情が変わる。
彼はいからせていた肩を落とし、額に大粒の汗を浮かべはじめた。
「見ろ、このスケベ親父が認めたぞ?! あははは、みっともねぇ~!! いい歳こいた不細工なオヤジが、浮かれやがって気色悪ぃ、最低だ……っ!!?」
「やめろよ!!」
と、声を上げたのは周1人ではなかった。
「みっともないのはお前の方だ!!」
寺尾のまわりに座っていた男子学生が、次々と立ち上がり、彼を取り囲む。
「いい加減、罪を認めろ!!」
そうだー、と学生達の声が広がっていく。
和泉もおどろいている。
「最低なのはお前だ!!」




