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そう、犯人は

 毒物。

 その事実を聞かされた周は、愕然とした。


「……訓練中の死亡事故として処理されれば、解剖には回されないとでも考えた? 残念だけど、そうは問屋が卸さなかったんだ。彼の体内からは筋弛緩剤が検出された。そんなものを飲まされた人間がどうなるかなんて、考えなくてもわかるよね? まして水の中なんていう、一番体力を使うシーンで」

 和泉は続ける。

「それじゃ動機について改めて考えてみようか? まぁ、考えるまでもないけれど……」


 と、その前に。

 言いながら和泉は寺尾の目の前に立った。

「君、うるさいから黙っててね。発言が許されるまでに口を出したら、殴るよ?」

「……」


「何がきっかけだったのか、今となっては推測するしかないけれど。一ノ関君は3年前、事故と言う形で処理されてしまった高柳稔君の死について、真相を知りながらを黙っていたことに、良心の呵責を覚えていたに違いない。そんな時、亡くなったはずの彼にそっくりな女の子とこの警察学校で出会った。幽霊を見た気分だっただろうね。性別は違えど、顔は同じなんだから」


 今にして思えば。

 一ノ関とそれほど関わりがなかったから気がつかなかったけれど、彼はいつもどこか他人の眼を気にして、それこそ寺尾に隠れるようにして行動していた。


 そういうタイプなのだと思っていたが、もしかすると、陽菜乃を見るのが辛かったのかもしれない。


「初めの3ヶ月はなんとか乗り切って……でももしかしたら、何週か前の日曜日のことがきっかけだったのかもしれないね」

「日曜日……?」


「周君、覚えてない? 僕達が宮島に行ったあの日。北条警視に無理矢理、包ヶ浦公園に連れて行かれた時、彼と西岡君、それから宇佐美梢の3人連れに出会ったの……」

 思い出した。


「その時、一ノ関君はいなかったよね?」

「確かに……」

 そうだ、あの時何か違和感を覚えたのは、一ノ関が欠けていたからか。


「きっと彼も誘われたんだろうけど、行かなかった。場所は少し違うだろうけど、そもそも彼にとって宮島が因縁の場所になってしまったんだろうね。まぁ、普通の神経を持ち合わせている人間なら、行けないよね……」

 そう言って和泉は寺尾の顔を見る。


 周も同感だ。

 こいつは普通の神経を持っていない。


 いつだったか、陽菜乃が言っていた。人の心を持たないモンスター。

 その通りだ。


挿絵(By みてみん)


「あの時確か、宇佐美梢はパパや叔父さんが来てるからいいチャンスだって、そんなこと言ってたよね。彼女のパパは県警幹部、叔父さんもそう。上の人に顔を覚えてもらいたくて必死な彼なら、そんな過去のことなんてまったく気にならなかった。ある意味で称賛に値する図太さだよ」

 もしかすると、と和泉は名探偵が謎を明かす時にするように、ウロウロと教場内を歩き出した。


「一ノ関君は、そんな寺尾に一矢報いるつもりでいっそのこと、すべてをぶちまけてしまおうと考えたのかもしれない。練交当番を代わってもらってまで日曜日の約束を断り、あの日記を書いた……そうして自分の中で話をまとめてから、北条警視に相談しようと考えていた。ここまでは僕の推測。実はそう、寺尾の部屋からね……見つかったんだよ。紛失したと思われた一ノ関君の携帯電話が。彼は寺尾に宛てて、3年前の事件のことを教官に打ち明ける旨を知らせていたんだよ。あと、僕はやってないからよくわからないけどRINEっていうの? 西岡君にも同じ内容のメッセージが届くようになっていたみたいだ」


 さて、和泉はとある女子学生の席の前で足を止めた。

「直接、彼を殺害したことになるのが誰だろうと……あるいは『勝手に転んで』亡くなったのだとしても、この3人組が高柳君の死に責任があることに変わりない。ねぇ、君なら彼らをどういう罪状に問えると思う?」

 彼は綺麗な顔を近付け、彼女の顔をのぞき込む。

「え、えっと……?」

 女子学生は頬を紅く染めて狼狽している。


 しかし和泉はすぐに興味を失ったようで、頭を挙げ位置を変える。


「上村君はどう考える?」

 急に指名された上村は、すくっと立ち上がる。

「一ノ関巡査や西岡巡査の日記に書かれている内容が【事実】であれば、それは未必の故意……あるいは、傷害致死に当たります」


 和泉はつまらなそうな顔になった。

「ご名答」


 さて、と彼は再び教壇に戻る。

「万が一にも一ノ関君に、3年前の事件の真相を公にされたら……大切なカモが逃げてしまう。それは君にとって致命的だよね? 逆玉男くん」

「逆玉男……?」

 なんだそれ。


「亡くなった高柳稔君の妹である水城陽菜乃は、兄の死の真相を知りたがっていた。たとえ物証があろうとなかろうと、そんな話を聞かされて冷静でいられるわけがない。残念だったね。明治時代から続く老舗貿易会社のお嬢様、母方は代々官僚を輩出している有名な家柄の……まさにサラブレッド。証拠がない、冤罪だと騒いだところで、疑わしい経歴があるという時点でおそらく弾かれてしまうだろう。何よりも彼女の親族が本気になれば、有耶無耶になってしまった事件をもう一度探るよう、動きだすかも知れない……」


「だから、口封じのために2人を殺した……?」


「そうなんじゃないかな? って、僕は考えているよ」

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