ここからが肝心だよ?
「さて。ここまでは3年前、実際に起きた事件。頭にしっかり留めておいてね」
和泉は教壇に両手をついて、全員を見回す。
「それじゃ今度は一ノ関君の自殺事件について話そうか。今までの話と無関係ではない……むしろ、ここからが肝心だからね」
周はほぼ無意識に喉を上下させた。
「現場は密室、遺書らしきものも書いてあった……状況的には自殺にしか見えない。でも。密室なんて、トリックも何も考えなくたって作りだすのは可能なんだよ?」
「……どうやって……?」
「簡単なことだよ。一ノ関君の部屋の鍵を奪えばいい、ただそれだけの話」
誰も何も発言しなかった。
「推理小説の中では、釣り糸だのなんだのと小道具を使って、密室を作り上げるみたいだけれど、これは小説の中の話じゃない。いたって現実の事件なんだ」
だとすると、と上村がいつにない上擦った声で発言した。
彼もまた、異様な事態と真相に度肝を抜かれている様子だ。
「部屋の鍵を奪う……つまり一ノ関巡査は……他殺だったということですか?」
「そうだよ」
和泉はこともなげに答える。
「で、でも……彼は確か、部屋のドアノブにロープを引っかけた状態で座っていたはずです。犯人はどうやって外に出たんですか? 彼の身体がジャマになったのでは……」
和泉は冷たい視線を誰かに向ける。
「ジャマだとしても、決して不可能って訳じゃない。それこそ、他人を……他人の人生を平気で踏み台にするような人間……いや、虫ケラ以下のクズならね?」
その時の光景を想像したら、全身を悪寒が走った。
しばらく、静寂が教場内を包んだ。
やがて。
「で、でも……動機は?」
「わからない? さっきの話、聞いてたでしょ」
周は思わず立ち上がり、咄嗟に手を挙げた。
「どうしたの?」
「自分なりに考えたことがあるので、発言してもいいですか?」
もちろん、と和泉はにっこり笑う。
「俺……自分は一ノ関巡査が亡くなる前の、その前の晩、彼と話をしました。そして先ほどの日記に書かれていたこと。彼はずっと……その3年前の事件のことを悔いていたのだと思います。警察官になって、正しいことを行い続ければ自分の罪が帳消しされると信じていたって、書いてありましたよね?」
「そうだね、続けて」
「でもたぶん、そうじゃないって思い至った。本当のことを話した方がずっといい、って気がついた……」
「なるほど?」
「でも、そんなことをされたら困るのは……」
周は寺尾を見つめた。
やがて、それを追うかのように1人、また1人と、教場の後ろの方で床の上に座りこんでいる寺尾の上に視線が集まる。
「……証拠は? 俺がイチを、あいつを殺したっていう証拠だ!!」
「……」
「あいつの部屋から俺の指紋が出てきたとしても、あいつとはしょっちゅう部屋の行き来をしていたんだからな!! それとも何か、俺があいつを殺して部屋から出てきたところを誰か見たっていうのか?」
確かに、状況証拠と動機しか今のところ決め手がない。
何か物証になりそうなものは?
こんな時、刑事なら……和泉ならどうする?
一ノ関の首に巻きついていたロープを購入した店を特定する?
彼が亡くなったのは日曜日、学生がほとんど寮から姿を消していた時間帯だ。
「そもそも、遺書があったんだぜ?! あいつの自筆サインが入ったやつ!!」
「それは!! その3年前の事件に関して、申し訳ないことをしたっていうことなんじゃないのか?! 被害者の遺族に、そう……水城に宛てて書いた手紙だったんじゃ……」
確かめるつもりで、周は和泉の顔を見た。
彼はにこっと笑うと、ポケットから何かを取り出して教壇の上に置いた。
寮の部屋鍵。
「これ、一ノ関君が使っていた204号室の部屋の鍵……どこから出てきたと思う?」
「寺尾の部屋から……?」
「そう。それと、あとこれとこれもね」
一ノ関の名前が書かれた日記帳。
そして、何やら液体の入った茶色な小瓶。
薬だろうか?
寺尾の顔色が変わる。
「勝手に人の部屋を勝手に漁りやがって!! 令状はどうしたんだ、ええ?!」
和泉は寺尾を見つめると、
「前から思ってたけど、君ってまるでヤクザだね。ここがどこだかわかってる?」
「……」
「そう、ここは警察学校。学生の荷物検査を行うのは、我々教官にとって当然の権利であり、令状なんて要らないんだよ……」
「それは……?」
「筋弛緩剤だよ。西岡君の遺体から検出されたのと同じものだね」




