オカマなのであまり効果は期待できませんが
腕の中で泣きじゃくる少女は、こちらを男だとまったく認識していないようだった。
それならそれでいい。
しかし……普通の男なら、コロっと心を奪われてしまうのだろう。特に沓澤みたいな、女性に対して極端にコンプレックスを抱いているなら余計に。
教場で倒れた陽菜乃を医務室に連れて行った北条は、大人しく寝ていなさいと告げて出て行こうとしたが、彼女に呼び止められた。
「なぁに?」
すると陽菜乃は何も言わず、いきなり抱きついてきて大声で泣き出した。
ずっと緊張と不安と猜疑心にさいなまれ、限界に来ていたのだと思う。
彼女の抱える【事情】については北条も聞いている。
「辛かったわね、今までずっと……」
少し癖のある彼女の髪を撫でてやる。
今、どんな心境だろうか?
言葉にならないほどの苦痛だろうと察している。
大切な双子の兄。
事情があって、離ればなれになっていた肉親。
一緒に暮らせるようになる日を、どれだけ楽しみにしていたことだろう。
そう考えると、胸が張り裂けそうだ。
「……あいつが、寺尾が兄を殺したのは間違いないんでしょう……?」
陽菜乃は顔を挙げ、こちらを睨むようにして訊ねてくる、
「……」
「どうして人殺しが、こんなところにいていいの? ねぇ!!」
「あんたは、それを調べる為にここに入ったのね?」
ややあって、こくんと小さく彼女は頷く
「……でも、なりたいって望んだところで刑事になれる訳じゃないって……」
「そうね、誰でもなれる訳じゃないわ。能力はもちろん言うまでもないけれど、ポストが空いているかどうかもあるわね。特に女性は。でも警察手帳を持ってるって言うだけで、一般市民にとっては畏怖の対象になるの。どうしても調べたいことがあるのなら、手帳さえあれば事は足りる。そうは思わなかったの……?」
「……そうかもしれないけど、でも……私1人の力じゃ……」
北条は陽菜乃の頭をそっと撫でた。
「そのことを、沓澤にも話したのね?」
「……」
「それで、親しくなった。違う?」
「……いけませんか?」
「他の教官じゃダメだったの?」
ふと、今いる教官達の顔を思い出してみる。全員、学生達にとってはそう簡単に近づいて相談ごとを持ちかけられるような雰囲気はあまり、ない。その中でも沓澤など、一番『怖そう』だと思うのだが。
「ピンときたから」
「ピンときた、ね……」
北条は陽菜乃を剥がし、両肩をつかんだ。
「わかってるわよね? あいつは妻子持ちなの。学生のことも大切だけど、まずは家庭を守ることが第一なのよ。道徳を重んじるべき……そう、誰かに後ろ指をさされることのないよう。特に、アタシ達みたいな警察官はね」
「教官は私に触れたこと、一度もありません」
「それ以前の問題よ。疑われそうな状況、それだけでアウトなの」
陽菜乃はぼんやりと虚ろな瞳でこちらを見つめると、
「本当だったんだ……」と呟いた。
「何が?」
「私、ここを辞めます。一番知りたかったことがわかったから、もういいです」




