勘違い甚だしく
「寺尾はそう言い、事情を聞きに来た警官にも嘘をついた。ふざけ合っていたら、彼が足を滑らせて1人で転んでしまったのだ、と」
そうして和泉は教場の一番奥、隅っこで真っ白な顔をしている水城陽菜乃を見た。
それこそ彫刻像のように固まっている。
「私と寺尾は、言わば共犯関係になってしまった。あの時、あの場所で起きたことは我々以外に知る者はいない。誰も本当のことを言わなければ、事故が真実だったということになる。そこで我々はお互い、真相を語らないよう監視するべく……高校卒業後の進路を共にした。本当は、警察官になどなりたくなかった。幼い頃の夢をかなえたかった」
「嘘つけ!! で、デタラメだ!!」
「どこがどうデタラメだって?」
「あいつは『逃げろ』なんて言って、ないし、そりゃ確かに、宏の背中を蹴ったのは俺だけど……そのはずみであいつが、高柳の肩を突き飛ばすような形になって……一緒に倒れたんだよっ!! だから、殺したのは宏だっ!!」
「……じゃあ、君が西岡君の背中を蹴ったりしなければ、そんな事故は起きなかった。違うかい……?」
ガタンっ!!
誰かが倒れたようだ。周が振り返ると、
「陽菜乃!!」
彼女と仲の良い亘理玲子が、近づいて抱き起こす。
「教官、お願いします、彼女を医務室へ……!!」
しかし、陽菜乃は首を横に振る。
すると北条は彼女に近づき、ひょいと片腕だけで抱き上げた。
「離して、降ろして!!」
「……やめなさい。あんなクズの……何の弁解にもならない、みっともない言い訳なんかまともに聞いていたら、頭がおかしくなるわよ?」
「いや!!」
しかし。必死の抵抗も空しく、陽菜乃は教場の外に連れ出されてしまった。
こんな話を聞かされていたら誰だって、気分が悪くなるだろう。
さて、寺尾は何と言って反論するのか。
「じゃあ、真打ち登場と行こうか? 私が警察官を志した理由。寺尾弘輝」
寺尾は既に顔から表情を失くしていた。
「……私には幼い頃に見た、忘れられない光景がある。それは、家の近くの横断歩道のことだ」
家の近くに、信号機の設置されている横断歩道がある。
そこは駅の近くで、歩行者が多い。しかし車の通行量はとても少ない。
だから自転車も歩行者も、信号が赤であっても、車がいないのを確認すると平気で渡ってしまう。
ところがある朝。
その道路をパトカーが通過した。
日頃、赤信号でも平気で渡ってしまう大人達が一斉に足を止めた。ちゃんと青信号になるまで待っていたのだ。
私はその光景を見た時、感動を覚えた。
国家権力とはこういうものか。
あの黒い手帳が欲しい。
できるだけ多くの人間をひざまずかせ、自分を敬うようにさせたい。
私は選ばれた人間だ!!
※※※
「……」
失笑と言う単語の本来の意味は、堪え切れずについ笑い出してしまうこと。
誰がスタートを切ったのか分からないが、その場はまさに【失笑】に包まれた。
周も我慢できなくて、口元を抑えた。
寺尾は顔を真っ赤にしている。
「……さて、そんな見事としか言いようのない勘違いをしている彼は、この組織に入ってきて驚いたに違いないね。井の中の蛙は、自分よりずっと強い人間がいることをようやく悟った」
和泉は教壇の隅に座っている沓澤を見つめた。
駅前のエピソードは、実話じゃけんね。




