タグに『悪役令嬢』って入れても良かったんじゃ……?
半分ほど食事を終えた頃、ふと周はこの後のカリキュラムのことを考えた。
午後の授業は柔道と逮捕術、実技ばかりだ。
そう言えば、道着をそろそろ洗濯しないと。あと、今日中にやっておかないといけないことは……。
しかし周の思考は突然、中断された。
「ねぇねぇ、北条教官とどうやって知り合ったの?」
いつの間にかすぐ向かいに座っていて、何の前触れもなくそう訊ねてきた同じ教場の女子学生、宇佐美梢のせいだ。
独特の甲高い声がやや耳触りな彼女が、興味津々に周の顔を覗き込んでくる。
「助けてもらったって、どういう状況で? 何があったの? 教えてよ」
学生時代、とあるファッション雑誌のモデルオーディションを受けて最終選考まで残ったことがあるというだけに、確かに美人の部類に入るのだろう。
小さくて細めの輪郭、大きな瞳、綺麗に整った眉。
さらに本人いわく【良家のお嬢様】なのだそうだ。
言われてみればどこか上品な仕草や、やや上から目線な物の言い方からしてもそうだし、かなり甘やかされて育ってきたことが時々伺える。
男子に比べて圧倒的に女子の人数が少ないこの警察学校において、顔立ちはレベルが高く、しかもいいところの家の娘なら、引く手はあまただろう。
本人もそのことを自覚しているのか、自分に声をかけられた男子学生は例外なく天にも昇る気持で、何にでも答えてくれると信じてしているようだ。
自己主張が激しく、常に自分に注目を集めていたい。
いわゆる女王様タイプ。
学生時代からきっとクラスの中ではこんな調子で振る舞っていたのだと思う。
彼女のことは苦手だ。
姉の美咲とは対極にいるタイプだし。
ちなみに。中学、高校と男子校だったせいもあり、周はいまいち同年代の女の子にどう接していいのか、戸惑うことがある。
しかし何より耐えがたいのがそのアニメ声。
地声なのだそうだが、近くで聞かされるのは辛い。
「ねぇ、藤江君ってば! 私が訊いてるんだから答えてよ!!」
よせよ、と倉橋が止めてくれる。
しかし彼女はまったく意に介した様子もなく、
「独身かなぁ? 歳はいくつぐらいなんだろう」
小首を傾げてみせる。そういう仕草も計算ずくのように思えてならない。
実際、あの人は和泉と並ぶ謎の多い人だ。考えてみれば名前と階級、所属部署ぐらいしか彼のことは知らない。
「知らねぇよ、そんなこと」
周は素っ気なく答えて、湯呑に残っていたお茶を飲み干した。
周がまともに相手をしてくれないことをようやく悟ったのか、宇佐美梢は鼻を鳴らして立ち上がり、
「せいぜい顔見知りのよしみで、特別扱いしてもらればいいわ」
捨て台詞を残して去っていく。
【良家のお嬢様】が聞いて呆れる。
特別扱い、か。
周としてもそうしてもらいたいのはやまやまだが、どうせ期待するだけ無駄だ。
あの人はそういうことをしないと確信している。それに。
必死で努力した結果が目に見える形で残らなかったとしても。
その事実はいつか必ず、将来の自分の自信につながると信じているから。