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私が警察官を志した理由:2

「さて。じゃあ、次は西岡君の作文だよ」

 和泉は彼の名前が記入してあるノートを開き、学生達を見回した。


 実を言うとそこは白紙だ。

 彼のまわりにいる人達から聞いた話を元に、西岡宏になりきって考えてみた。


「私が警察官を志した理由。西岡宏」


挿絵(By みてみん)


 私は生まれた時からずっと、海のすぐ傍で暮らしていた。

 瀬戸の海は私にとってホームグラウンドであり、庭だった。漁師の父はいつも私を船に乗せ、沖まで連れて行ってくれた。


 その父が海の事故で亡くなった時、私は同じ悲しみを味わう人を増やさないよう、将来は海上保安員になるのだと決めたのである。


「それがなぜ警察学校に入ることになったのか? 脅され、監視されるためだ」


「やめろ……!!」

 懲りない寺尾はなおも、許されていないのに発言しようとする。


 周が、少し動きを見せた北条の眼を見つめ、無言の内に抗議したようだ。

 彼は一瞬だけ困ったような顔をした後、やれやれ、と肩を竦めた。


 ※※※


 父親を亡くしてからというもの、我が家の生活は苦しさを極めた。周りの子供が持っているようなものを、私は買い与えられることがなかった。

 日々、食べて行くだけが精いっぱいの暮らし。


 母は水商売を始めた。

 島の人達から白い目で見られるようになり、我々は本州へ移ることになった。


 しかし暮らし向きは相変わらずで、同年代の友人とは共通の話題もなく、寂しい思いをしていた。


 そこでそんなある日、私はとうとう……玩具屋に盗みに入った。

 当時、クラス中で流行っていたゲームソフトである。しかし残念ながら、ソフトだけでは遊べないことを知ったのは、家に無事持ち帰ってから後のことだ。


「翌日。T……もう、寺尾でいいよね……が、私に親しげに声をかけてきた。いつもなら私を、島猿とバカにしてからかっていた寺尾が」


 寺尾は私が盗みを働く瞬間を見ていたのだ。

 そうして。そのゲームで遊びたいなら家に来い、と誘ってくれた。


 天にも昇る気持ちだった。


 だが、そんな私の喜びが打ち砕かれたのは、寺尾の家から自分の母親が出てきた時だった。


 お前の母親、うちの親父の愛人なんだぜ。

 クラスの皆に言いふらされたくなかったら、奴隷になれ。


 そうして私は、当時既に寺尾の奴隷と化していた一ノ関と同じく、ご主人様に仕える身となったのである。


 一ノ関はデカい図体をしていながら気が弱い、いざとなるとビビって何もできない。その点お前は期待できる、と評価されたものだ。



 高校は寺尾と別になった。

 それでも付き合いが途切れることはなかった。


 そんなある日、私に言わせれば愚にもつかない茶番劇をやるから、包ヶ浦海岸へ来いとの命令があった。


 私はとにかく、出かけて行った。


 すると。

 寺尾は中学時代のクラスメートだった堤梢と、もう1人、初めて見る美少女を連れていた。この子が今のターゲットか。


 今度はどういう家の娘だろう?

 クラスメート達が全員、奴を【逆玉男】と呼んでいることを知っていた。


 だが、今度のターゲットには既に他の男がいた。その時、彼も一緒に来ていた。


 だから寺尾はその少女の前で、その少年に恥をかかせようという魂胆だったのだ。


 頭の悪いあの男の考えそうなことだ。

 女の子はみんな、力の強い男に集まってくる。本気でそう信じているのだから救いようがない。


 ヤンキーのフリをしてインネンを吹っかけてこい。


 言われた通りにすると、寺尾のバカは本気で殴りかかってきた。頭に来た私はつい、本気で手を出してしまった。


 その時。運の悪いことに、私の拳が名も知らない少年に当たってしまった。

 彼は怯えた顔をしたが、責めたり反撃したりすることはなかった。


 すると。何を思ったか寺尾は、その少年に殴ったり蹴ったりをし始めたのである。


 止めるべきか否か?


「私はしばらく様子を見ていた」

 一旦そこで切る。


 ずっと話していると、喉が渇く。

 和泉は用意してあった水を一口含んだ。


 教場内を見回す。

 無駄口を聞く者は誰一人いない。


 周はと言えば、怒ったような顔をしている。

 おそらく【様子を見ていた】の部分が引っかかっているのだろう。


「寺尾に殴られた少年が、私の方へ倒れ込んできた」


 ※※※


 私は咄嗟に彼を受けとめたが、

『手を離せ』

 寺尾にそう命じられた。


 従うつもりはなかった。そんなことをすれば寺尾が次に何をするか、わかったものではない。


『逃げろ』

 私は彼にそう告げた。

 彼は頷き、身体の向きを変えた。


『逃がすな!!』

 動こうとしない私の背中を寺尾が蹴った。そして。


 捕まるところを探した私が触れたのは、彼の肩だった。結果的にそれが彼の身体を倒してしまうことになった。


 確実に、何かの割れる音がした。

 彼が石段に後頭部を打ちつけたのだ。


 その時、私の頭に浮かんだのは、いったい誰が彼を殺したことになるのだろう……?


 振り返った私は、寺尾がニヤニヤ笑いながらこちらを見ていることに気づいた。


『お前が殺したんだぜ?』

『ふざけるな!! 今、お前が俺の背中を蹴ったんだろう?!』

『心配いらない。これは事故だ、不幸な事故なんだよ』

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