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ここからが本題

 周だけではない、教場にいる全員が寺尾を見つめる。


 しかし、驚いたことに彼は笑い出したのだった。

「センセー、それあんたの作った小説? 面白いよ、出版社に応募してみたら?!」

 ゲラゲラと腹を抱えながら、彼は和泉を指差す。


 そうして急に笑いを引っ込めたかと思うと、

「……そんなのデタラメだ!! イチがその文章を書いたっていう証拠が、どこにあるんだよ?! それにあれは間違いなく事故だったんだ!! あいつ、自分で足を滑らせて転んで頭を打ったんだよ!!」


「ふーん、それじゃあ。3年前のあの日、一ノ関君と西岡君、そうして堤梢さんとその友人2人で……包ヶ浦海岸へ行ったことは認めるんだね?」

「……!!」

「今さら否定したって無駄だよ? 死亡事故の扱いだけれど、公式記録は残っているんだからね」


「そ、それは……だいたい、堤梢って誰だよ?! そんな奴、俺は知らな……がはっ!?」


 突然、寺尾は腹を抱えてうずくまった。

 激しく咳き込みながら。目に涙を浮かべて、目の前で仁王立ちしている北条を睨んでいる。


「……発言の許可は、出してないんだけど?」


挿絵(By みてみん)


 すごく速かったのでハッキリとは見えなかったけれど、北条の拳が寺尾の鳩尾に入ったらしいことだけはわかった。


「まぁまぁ、隊長さん。落ち着いて」

 再び、ざわめき。

「あ、こないだ話したよね? この人、元はと言えば特殊捜査班HRTの隊長なんだよ。本気で怒らせると骨が折れるから、言動には気をつけてね」


 教場全体を恐怖が支配した。


「さて、ここからが本題」

 和泉は再びノートに目を落とす。


「私は警察官とは、清廉潔白、法と秩序を守り、常に正しいことを行う市民の模範……」

 低く心地の良い和泉の声が、再び部屋全体に響き渡る。

「困っている人のため、立場の弱い人達のために役立つ行ないをすること。そうして善行を重ねていればもしかすると、私の過去の重い罪も、いずれは帳消しにしてもらえるのではないか。そう考えた」


 そうか、と周は納得がいった。

 一ノ関はずっと、子供の頃から自分のしてしまったことを悔いてきたのだ。


 警察官になり、正義を行い、人の役に立つという経験を積むことで贖罪できると考えていたのだろう。


 初めて会った時は、いつも寺尾の影に隠れていて『自己』を持たない、面白くない人間だと勝手に評価していた。何も知らないのに決めつけていた。


 あの時、あの夜。


『いろいろ吹っ切れて、スッキリした』


 彼がああ言っていたのはつまり、何もかもを打ち明けて楽になろうとしていたのではないだろうか。


 だが。

 それを阻止しようとする人間に殺された……?


 寺尾が?

 周はすぐ近くで、苦しそうに呻いている同期生を見つめた。


「おぃ、見て、ないで……医務室に連れて行くなり……しろよっ!!」


「きっとあの時、一ノ関君も同じことを言ったんだろうね。早く救急車を呼ぼう、と」

「あいつ、は、そんな……こと、言わない!! だって、あいつが高柳を……突き飛ばしたんだからな……!!」

「ふーん、高柳君って言うんだね」

「……あいつが、俺の……七緒にちょっかい出してきやがって、すごく迷惑してるって言うから、少し痛い目……見せてやろうって……」


「隊長さん、さすがに頭はダメですよね?」

「ちゃんと服で隠れる場所にしなさい」


 和泉が足を浮かせたのを見た周は、咄嗟に席を立って彼の胸元に飛びつく。


「ダメだ!!」


 たぶん、殺気ってこういうのだろう。

 周は今までに感じたことのない空気を感じた。

 それでも必死に、和泉の背中に手を回す。


 ひょい、と襟首をつかまれ、身体が浮き上がるのを感じた周は、視界がいつもより30センチほど高い位置にあり、天井が通常よりも近いことに気がついた。


「あんたもね、勝手に席を立たないで」

 猫が首ねっこをつかまれているような状態で、周は自分の席に戻らされた。


「君って、いろんな意味でポジティブだよね。何もかも、自分の都合の良い方へと話を捻じ曲げて行く。自覚がないから、いつしかそれが自分の中だけで真実になっていく……他人がどんな気持ちでいるかなんて、考えたこともないんだろうね。もっとも、考える知能も持ち合わせていないんだろうけど」

 寺尾の表情が憤怒に歪む。


「今の台詞、立川七緒さんが聞いたらなんて言うかな? 誇大妄想……ストーカーによるはた迷惑な世迷いごとってところじゃないかな」

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