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ただの【やらせ】

 今から3年前。夏休みのある日のことだ。

 Tから連絡が来たのは。


 頼みたいことがある、と。


 嫌な予感がしたが、礼をするという言葉に魅かれた。

 礼なら幼い頃、私のせいでひどい目に遭わせてしまったAへ謝罪に行ってくれ。

 私はTにそう伝えるつもりだった。


 Tの頼みとはこうだ。

 好きな女の子を連れて宮島の包ヶ浦海岸へ行くから、ヤンキーのフリをして絡んできて欲しい。


『どうしても落としたい女の子がいるが、他に男がいてジャマで仕方ない。そこで考えた計画がある。そのジャマな男と言うのはひ弱でまったくケンカのできない人間だ。彼女は強い男が好きだと言っていたから、彼女の前で強いところを見せて、尊敬させたい。そこで、そっちからケンカを売ってくる演技をしてくれないか。ちゃんと手加減するから』


 Tは子供の頃から空手を習っていた。柔道もやっていた。

 そのことを知っていた私は、冗談じゃないと断った。


 ところが。

 Tは古い、私がAにしたことを持ち出してきた。


 幼い子供のした悪戯だ、とそんな話で済む訳がない。Aの父親が暴力団関係者だと言う話は真実で、しかも息子を溺愛しているそうだ。


 家族が危険な目に遭うかもしれない。


 私は再び、Tの奴隷と化した。



 ※※※


 なんだ? この話……。

 周は不思議な気分で和泉の朗読を聞いていた。


 それは一ノ関の半生であり、彼が警察官を目指した理由と、どうつながってくるのだろう?


 クラスメート達もやはり同感らしい。隣同士でそれぞれ顔を見合わせている。


「皆、ちゃんと聞いてる?」

 和泉が顔を上げ、全体を見回す。

「ここからが本題だからね、特にT君。この中にいる、T君は心して聞くように」


 ざわざわ……。

 ざわめきが起き、誰がTなのか? 全員がキョロキョロしだした。


 しかし。

 該当者が寺尾であることはすぐにわかった。


 一ノ関が常にその男と行動を共にしていたことを、皆知っている。


 当の寺尾は無表情に前を向いていた。


「……私はTに言われた通り、指定された包ヶ浦海岸の場所へ向かった。すると、中学時代やはり私と同じく、Tに追随していた西岡と久しぶりに出会った……彼もまた、私と同じ用件で呼び出されたらしい。しばらくして、Tがやってきた。なるほどひ弱そうな、身体の細い、女の子のような顔立ちの華奢な少年。そして。堤梢……そしてもう1人、初めて見る少女だった」


 堤梢?

 誰だそれは。


「こずえ」と言えば、宇佐美のファーストネームと同じだ。



 ※※※


 そこは人気のあまりない、寂しい場所だった。

 舗装されたアスファルトの上、我々はそこでヤンキーのフリをしながら、吸えもしない煙草をふかしていた。


 T達がやってきたのは、演出の一つで持ち込んだ缶ビールはすっかりぬるくなっていた頃である。

 打ち合わせ通り、というよりもTの方が先に、我々にケンカを売ってきたのだった。


 険悪な空気になった頃、Tが連れてきた少年が、女の子たちにおまわりさんを呼んできてと言った。


 そうしてその場には男ばかりが残った。

 すると。Tは何を思ったかいきなり、自分が連れてきたその少年を殴りつけたのである。

 私は驚き、Tを止めようとした。


 だが、力でかなう相手ではなかった。

 私は恐ろしくなってひたすら様子を見ていた。


 Tは連れの少年に暴力を働き、西岡にもそうするよう命じた。

 細くか弱い彼は、抵抗することも上手く逃げることもできずにいた。


 やがて。

 少年は力尽き、その場に膝をついた。その時だ。

 Tが突然、西岡の背中を蹴飛ばした。


 その衝撃でバランスを崩した彼の手が、結果的に少年を突き飛ばすことになったのである。


 名も知らぬその少年は後頭部から倒れてしまった。

 さらに悪いことに、ちょうどそこには石段があったのだ。


 頭を打ち付ける鈍い音。

 みるみるうちに血溜まりが広がっていく。


 もう、彼は生きていない。私は即座にそう思った。


 救急車を呼べば良かったのだろう。だけど、何と言って説明する?


 するとそこへ少女達が、恐らく海水浴場の警備員と思われる大人を連れて戻ってきた。

 彼女達も少年が倒れているのを見て、悲鳴を上げた。


 警備員はすぐに救急車を呼んでくれて、私達は事情を説明することになった。


 すると。

 驚いたことにTは少年が自ら転んで、石上に頭をぶつけたと言い出したのである。


 西岡も追従した。

 私の他に、証言をする人間はいない。


 咄嗟に脳裏にAのことが浮かんだ。


 私は、名も知らないその少年が足を滑らせ、転んでしまったのだと……偽証した。

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