だから、ファザコンっていうのはさ……
何度となく溜め息をつきながら、北条は警察学校へ戻った。
こちらがどんなに言葉を尽くしても、結局のところ本人の意識の問題だ。沓澤がコンプレックスを乗り越えられるかどうか、自分には見守ることしかできない。
それにしても。
今回の一連の事件と、沓澤の件は何か関係があるのだろうか?
1人であれこれ考えていても結論は出ない。
和泉はもう全体像をつかんでいるのだろうか?
「ただいま」
教官室のドアを開けると、和泉が聡介と、そして長野課長を交えて真剣な表情で話し合っていた。
「わかった。ほんなら、大至急手配する。今からじゃったら、総動員すれば明日の昼ごろには結果が出るじゃろ」
「本当だな?」
「……天下の捜査1課を舐めるなっちゅうんじゃ。ましてマルガイが仲間なら、俄然やる気も違うってもんじゃろ」
「あとは……ガサ入れだな?」
「クローゼットの合い鍵なら、北条警視が持っているはずです」
「……どうしたの?」
振り返った和泉の表情はいつか見たのと同じ。
だいたい事件の全容が見えて、推理が完成した時の顔だ。
疲れ切ったような、それでいてもう何も言うことはない、という虚脱感を一緒にしたような。
「だいたいの見通しは着きました。細かいところは、本人に話させるしかないと思いますが。あとは、ガサ入れをしたいと思います」
「ガサ入れ……?」
「犯人の性格的に、証拠品を廃棄するような真似はしていないと思います。誰かがゴミ箱から、ゴミ捨て場からそれを拾ってきて、将来的に自分を脅してくると考えているに違いありません。自分が他人にしたことを、他人が自分にするのは許せない。そして何よりも小心者です。弱い犬ほどよく吠える……まぁ、存在は動物以下ですが」
和泉が誰を念頭に置いて話しているのか、その名前は訊くまでもなかった。
※※※※※※※※※
≪火曜日≫
今日は特別授業を行う。今日も、だろう。
コロコロとカリキュラムの内容が変更になるのにも、もう慣れた。
昨日の夜、急な周知があった。用意する物は特になし。
詳しい内容は知らされなかった。
それが明かされたのは当日の朝、集合場所に全員が現れた時だ。
2人1組で適当にコンビを組め。
そう命じられて周は、至極当然のように倉橋と組んだ。だいたいが近くにいた者同士で組む中、組み
合わせが決まらないのはやはり……上村と寺尾だった。
「あんた達、2人で組みなさい」
2人とも不愉快そうな表情を隠しもせず、仕方なさそうに並んで立っていた。
「いい? 今から、あんた達を広島市内に連れて行く」
北条は学校の玄関脇にいつも停めてあるマイクロバスを指差した。
「実地訓練よ。怪しいと思った人間に、片っ端からバンかけしなさい。見事に不審者を摘発した人間にはご褒美をあげるわ」
学生達が顔を見合わせたと同時に、
「ただし」
と彼は厳しい顔をして通達する。
「昼休憩の時間までは絶対ここに帰って来ない。それと。帰りは歩きよ。乗り物を使った奴には罰を与えるから」
文句を言う者は誰もいない。
が、広島市内からここ、警察学校のある坂町まで徒歩と言うのはキツイ。
「……返事は?!」
はいっ!!
じゃあ乗って、と運転席に乗り込む北条を見ていて周は、この人大型免許も持ってるんだな……としみじみ思った。
「なぁ、周。例の作文、もうやった?」
倉橋がこそっと問いかけてくる。
「ああ、あれだろ? 志望動機」
「そうそう。400字以上って、けっこう辛いよな……しかも期間短すぎ。今日は昼休憩返上だよ、俺なんて」
「まぁな。で、実際のところ護の動機って何?」
そう言えば聞いたことがない。
「俺? 俺は……実は父親が交通課にいてさ。若い頃は白バイ乗りだったらしい」
「へぇ、2世なんだ?!」
「そ。楽に入れるかな~、なんて不純な動機だったりするんだよな。2世は歓迎されるって聞いたし」
倉橋は笑っているが、きっと本音じゃない。
彼は基本的に真面目な人間だ。
「父親の背中を追いかけて……か。カッコいいな」
「俺のこと、ファザコンだと思った?」
「……そんなこと……」
だいたいファザコンっていうのは、あいつのことだ。
「そういう周はどうなんだよ? やっぱりあの人?」
「あの人って……」
和泉のことだろうか。それは間違いではないが、表立って口にするのはどうにも気恥ずかしい。
上手く誤魔化している間に、気がついたら市内中心部に来ていた。




