実態はタダのオカマですから
「それ……前にも聞いたわね。どういう意味?」
北条が手を放すと、彼もまた襟元を正した。
「あんたは綺麗な顔をしている。高い階級も、実力もある。ただそれだけで、女達は無条件に寄ってくるだろう……」
「それが何? 珠代はね、自分からあんたとのこと、話を進めてくれって言ったのよ!!」
今でも思い出す。彼女の兄、北条にとっての友人である男が、ある日突然、相談したいことがあると言って飲みに誘ってきた。
『お前の部下の、沓澤ってのはどういう人間だ?』
『もしかして、珠代?』
『そうなんだ。何があったのか知らないが、一目惚れだったらしい……何とかして近づきたいって言うんだが……半端な男に可愛い妹は任せられん』
『それなら何も問題ないわよ。あんなイイ男、他にはいないわ』
『本当だな?』
『この首を賭けてもいいわ』
沓澤は顔を背けた。
やがてフラフラと近くにあったベンチに腰かけ、両手で頭を抱える。
北条も彼の隣に腰をおろして脚を組んだ。
「……子供の頃、居候していた叔父から散々、容姿のことでからかわれた。誰に似たのか知らないが、醜くて……まるで妖怪みたいだと。こんな顔じゃ、絶対に女は近寄ってこない、と」
知らなかった。
彼が女性の前であんなにもあがってしまうこと、内気過ぎること、何か原因があるとは思っていたが。
「かくいう叔父は綺麗な顔をしていて……芸術家と言えば聞こえはいいが、実態は売れない画家で、遊び人で……次々と女をとっかえひっかえするような人だった。俺は……あの人が性病をこじらせて死んだ時、正直言ってほっとした」
「……」
「珠代は、俺なんかのどこを気に入ってくれたのか……初めは正直言って、また揶揄れているだけだと考えていた。学生の時にも、似たようなことがあって、女なんて全員信用ならないと……」
でも、と彼は続ける。
「そうじゃないってわかった時、俺は心から彼女を愛した」
「だったら、どうして……」
「子供の頃に受けた心の傷っていうのは、そう簡単に消えたりはしない」
いつしかタメ口になっていることなど気にならないほど、北条は沓澤の話すことに一心に耳を傾けていた。
「珠代はあの通り綺麗な女だ。狙っていた男は星の数ほどいる。彼女との結婚が決まった時、なんで俺みたいな不細工な男と? って、散々言われた。嫌がらせも受けた。そうして……俺は、段々と自信を失くしていった……」
誰がそんなことをしたのか、犯人を特定して然るべき処置を取りたいと北条は思った。
「それでも珠代は決してブレなかった。だから、彼女なら……ずっと添い遂げてくれると確信できた。でも……」
「言ってみればきっと天秤みたいなもんでしょうね。信頼と疑いが、左右に振れて……」
沓澤は頷く。
「駿が俺の子だっていうことは、間違いありません。その点に関して疑ったことは一度もありません。それでも……やっぱり年に何度かは、嫌がらせがあるんですよ」
「それってもしかして、今年の新入生が入った頃じゃないの?」
「そうです。初めは、珠代に他の男がいると……」
なんとなくだが、その件に関しては誰の仕業かわかる気がした。
「そんな頃です。陽菜乃……水城が、ほぼ毎晩、毎週末のように……稽古をつけて欲しいと言って俺に近づいて来たのは」
彼は少しだけ嬉しそうに頬を緩めた。
「初めはただ、熱心な学生もいるものだ……と、そう考えただけでした。でも、そうしている内に……段々と可愛らしく思えてしまったんです。決して媚びるような真似をしたりはしなかった。あの子はただ一生懸命、とにかく必死で……俺の話を熱心に聞いてくれました」
わかる気がする。
短い付き合いではあったが、あの少女には浮ついたところがなかった。
常に元気なふうを装っていて、ともすれば暗くなりがちな周りに気を遣っていた。
「でも。前にも言いましたが、俺は陽菜乃に触れたことは一度だってありません」
「……」
「ただ……心って言うのは不実なもんで。あの子が他の男……例えば、藤江やそのまわりの学生と楽しそうにしているのを見ると、やはり……落ち着きませんでした」
やはりな。
そう思ったが、今は彼を責めることはしないでおこう。
「で。そういうあんたの言い分を、上は納得した訳?」
沓澤の表情が固まる。
「する訳ないわよね? あんな、決定的な証拠写真を撮られたぐらいだものね。だから最初の質問に戻るわ。珠代にちゃんと謝ったの? それと、これからどうするつもり?」
「……自分のケツは自分で拭います……」
「沓澤!!」
アタシ、そういう下品な例えは嫌いなの。
北条がそう口にする前に彼はさっさと大通りに走っていく。そしてそのまま、手を挙げてタクシーに乗り込んでしまった。




