あんたにゃわからんじゃろうな
サブタイトルは『あなたにはわからないでしょうね』の意味です。
沓澤と水城陽菜乃との不倫疑惑に関し、誰かが監察にチクったらしい。見当はつくが。
その件で今日、沓澤は県警本部へ出向いていた。
北条は多種多様な用事を終えてから、自らも本部に向かった。
ようやく査問委員会から解放されたのだろう。
げっそりとした表情で、沓澤がトボトボと廊下を歩いてくる。
北条が呼び止めると彼は顔を上げ、なぜここに? という表情をした。
「……ちょっと話があるの」
「……またの機会にしてもらえませんか? 疲れているので」
傍を通り過ぎようとした彼の腕をつかむ。
「珠代にちゃんと謝ったの?」
妻の名前を出した途端、沓澤はギクッと身体を震わせた。
「……あんたには……」
「関係ないって言いたいんでしょうけど、そうもいかないわ。珠代から相談されたんだって言ったでしょ?」
とにかく外に出ましょう。
北条は沓澤の腕をつかんで引っ張り、まだうっすらと明るいビルの外に出た。
すぐ近くには県庁やその他、官公庁のビルが林立している。この時間帯、帰途に着く職員が多いようで人が多い。
とはいっても、どこかでお茶でも飲みながらという話ではない。
あまり人気のない場所を探してやがて、公園に辿り着いた。
子供達はもう家に帰ったようだ。時々、犬を散歩させる人が通りかかるが、ほとんど誰もいない。
「アタシもあんたのことは、誰よりもよく知っているつもりよ。だから珠代からあんたが浮気してるんじゃないかって相談してきた時、初めは、考えすぎよって笑い飛ばした。その時は、それで良かった……あの時、包ヶ浦公園で会った時にはね」
「まさか……!!」
沓澤は北条の上着の袖をつかみ、
「あの時、宮島に……俺達家族を連れ出したのは……?!」
「そうよ。珠代から直接アタシに連絡があったの、相談したいことがあるって。外で二人きりで会うと、どこで誰に見られるかわからない。そう考えてね、あのチャンスを利用したの。もっともあの後、どうしても二人きりで会わざるを得ない状況も発生したけれど……」
「……!!」
「わかるでしょ? つまり、そういうことよ。不安材料になるような状況、それすらもアタシ達にはタブーだってこと」
沓澤は手を離し、俯いてしまった。
「あんたの気持ちが知りたい。どういうつもりなのか。珠代に飽きて、若い女の子に心を奪われたのか……」
「そんな訳ありません!!」
そう叫ぶ彼の目は真剣そのものだ。
「そもそも珠代は、自分にはふさわしくない、立派過ぎる相手です」
「何それ?」
「え……?」
沓澤は困惑している。
「あんた、自分のことを何だと思ってるの? 珠代のこと、なんだと考えてるの? 言っておくけどね、あの程度の女なんてその辺にいくらでもゴロゴロしてるわよ」
「あの程度って何だ!!」
さっ、と怒りの表情が浮かべ、沓澤は北条の胸ぐらに手を伸ばす。
「あんな……あんなに気立てが良くて、優しい女なんて……!!」
「だったら!!」
北条は相手の胸ぐらをつかみ返した。
「どうしてあんな小娘に……水城陽菜乃みたいな少女に、一時的とは言っても心を奪われたりしたの?! アタシに言わせればあんな子、やっとおむつが取れたばっかりの乳くさい幼女よ!!」
「……」
「あんた、ロリコンの趣味でもあった? それはそれで大問題だけどね!!」
「違う!!」
沓澤は苦悶の表情を浮かべ、北条を睨みつけた。
「あんたには……あんたにはわからない!! 一生だ!!」




