俺だよ、俺!! 誰よあんたーっ?!
そう遠くない将来への不安を感じつつ、和泉はとにかく思考を切り替えることにした。
北条に殴られた頬が痛むが時間の経過を待つしかない。
立川七緒という少女の証言を疑う理由はない。彼女の供述は廿日市南署に残っていた資料の内容と完全に一致している。
彼女の大切な恋人、高柳稔の死亡事故が起きた時、その場にいたのは寺尾、一ノ関、西岡だったことが判明している。
そして、宇佐美梢。
初め和泉は、彼女は兄の仇討ちのつもりで沓澤に何かしら復讐してやろうと、それだけを考えてこの学校に入ったのだと思っていた。
だが目的は2つに増えた。
親友のために、彼女の大切な人を奪った事件を調べ直そうという。確か希望する部署は【刑事課】と書いていたはずだ。
そうだ、彼女の父親が言っていた。
『大切な人のために、刑事になりたい』と……。
真相を知っているのは寺尾、一ノ関、西岡の3人。
ひょっとすると彼女は、真相を明らかにするよりも先に、彼らを始末することを決めたのではないか。そして返り討ちにあった……?
考えられる可能性としては有りだ。
でも、土曜日の大会後、彼女が寺尾と接触した気配はあったのだろうか。
今のところ目撃証言が出ていないため、断定はできない。
1人で考えるのはやめて聡介とディスカッションした方がいい。
その時、携帯電話の震える音がした。
俺のだ、とポケットからスマホを取り出した父が応答する。
「……さくらか? すまない。今はちょっと……」
どうやら愛娘からの着信らしい。聡介は立ち上がってこちらに背を向け、2、3言話していたが、どういう理由か急にこちらを振り向き、電話を和泉に手渡してきた。
ひどく顔をしかめている。
「悪い。俺のフリをして適当に、聞き流してくれないか」
「え、さくらちゃんでしょう……? そんなことしていいんですか?」
「いいや、梨恵の方だ。そもそも緊急事態でもない限り、捜査中に電話をかけてくるなって、こないだ連絡したばっかりなんだぞ?」
『もしもし、お父さん? ねぇ、ちゃんと聞いてる?! こないだのこと、ちゃんと真剣に考えておいてよね!! ……』
向こうはこちらが和泉だとまったく気付いていない様子で、ひたすらマシンガンのように自分の言いたいことだけをぶっ放し続ける。
これは、確かに次女の方だろう。
どうやら彼女は父親に縁談を持ちかけているようだった。そういう世話を焼きたがるあたりとか、いかにもだと和泉は笑ってしまった。長女なら絶対に、そんな話は持ち出さない。
それに。双子の姉妹だから声はそっくりだが、2人とも話し方はまるで異なる。
しかしなぜ、父は最初「さくらか?」と言っていたのだろうか。
少し話が途切れた頃を見計らって、
「わかったよ」と和泉が言うと、
『……じゃあ、また連絡するからねっ!!』
和泉は聡介に電話を返しつつ、
「確かに、梨恵ちゃんでしたね」
「まったく……さくらの電話を使って、さくらのフリをして電話してくるなんて。小賢しいことをするもんだ。俺が気づかないとでも思ったのか」
「ははは、愛娘の声は聴き分けられる自信があるんですね」
「当たり前だ。さくらのフリをして同じ声でしゃべっても、話し方ですぐわかる」
「確かにそうですね。僕もわかると思います」
「まったく、何を考えてるんだか……」
「梨恵ちゃんが自分の電話でかけたら、お父さんが応答してくれないって思ったんじゃないですか?」
「応答は……するさ。娘なんだから」
「それにしても、梨恵ちゃんも考えたもんですね~。さくらちゃんのフリ……」
「……彰彦……?」
「ひょっとして、まさか……」




