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隊長さんに叱られちゃったエビよ……

 急遽、救急車を呼んだ。

 聡介と和泉は彼女に付き添って病院へ行った。


 少し病状が落ち着いたこともあって、被害者の友人はそれ以上多くを語ろうとしなかったが、肝心の部分はちゃんと話が聞けた。


 その後、急遽息子は呼び出されて学校に戻らなければならないと言うので、彼女の見送りは聡介だけですることになった。


 今日の内に自宅へ帰りたいというので、聡介は兵庫県内に住んでいる彼女を新幹線の駅に送り届け、ホームまで見送った。警備部の瀬名という警部補も一緒だ。

 彼は恐らく、堤部長の腹心の部下なのだろう。部長の娘の親友だという少女と、かなり心を通わせている様子がうかがえた。


 新幹線がホームに到着する。ドアが開く間際、振り返った七緒は言う。

「梢ちゃんの仇を……お願いします、稔君の仇をどうか……!!」


 聡介は彼女の目を真っ直ぐに見つめて答える。

「必ず真相を明らかにします。ただ、どうか……憎しみだけを抱き続けないで、心穏やかに過ごしてください」

 七緒は頷いたのかどうか、曖昧なジェスチャーをしてから新幹線の中へ消えた。



 それから聡介は警察学校へと戻った。和泉が何をつかんだのか知りたいと思い、課長に連絡を入れておいて。


 到着した時間は午後6時半。


 校内に入って和泉の姿を探したが、すぐには見つけることができなかった。


 あちこちを歩いていると、それこそ何十年も前の古い思い出が甦り、楽しいような苦いような、複雑な気分がこみ上げてくる。


 すれ違う若い学生達は皆、こちらの姿を見ると会釈をしつつ

「お疲れ様です」と挨拶をしてくれる。

 挨拶を返しつつ、そうしてようやく中庭の花壇の前で和泉を見つけた。


 彼は一人ベンチに腰かけて俯いていた。


 長い付き合いで、何かしら面白くないことがあって不機嫌か、あるいは、ものすごく腹の立つことがあったかのどちらかだとすぐにわかる。


「彰彦」

 夏のこの季節、まだ日は高い。

「どうしたんだ……?」

 息子の隣に腰かける。


「……やっちゃいました……」

 何を、などとあえて訊かない。

「そうか」



「怒らないんですか……?」

「何を今さら。お前のおかげで、俺の胃は穴だらけだ」

 それにな、と聡介は続ける。

「今後は課長と周君が、お前の暴走を止めてくれるだろ。もうすぐ俺の役目は終わりだしな……」


 定年まであと3年ちょっと。

 刻一刻と、その時は迫っている。


 それまでずっと俯き、地面を見つめていた和泉が、泣きそうな顔をこちらに向けた。


 正面から彼の顔を見ると、頬の左半分が真っ赤に腫れあがっていることに聡介は気付いた。微かにだが、唇の端に血が滲んでいる。


「ど、どうしたんだ? その頬は」

「ダメなんです、僕。聡さんのこと、悪く言われるともう……」

 今にも泣き出しそうな表情かお


 詳しいことを聞かなくてもすぐにピンときた。つい、その悪口を言った相手に手を出してしまったのだろう。


「北条警視か? もしかして……」

「やり過ぎだ、って叱られました。あの人、手加減してくれないんです」


 そうだろうな。

 聡介はゾっとしてしまった。それと同時に、たまらなく愛おしさがこみあげてきてしまう。身内を悪く言われて腹が立つのは世の常、人の常、だ。


「別に怪我させた訳じゃないし、そんなに怒ることないじゃないですか……」

「お前は本気でキレると、何をし出すかわからないからな。学生達のいい手本にはならない。そう言う意味での【制裁】なんだろう」

 今度は不貞腐れてしまった。やれやれ。


「あのな。これからは、お前が周君を引っ張っていかなきゃならないんだぞ? 今度は周君のことを悪く言われたらどうするんだ。その度に暴走してたら……」

「……わかってます……」


 それより、と和泉は身体ごとこちらを向いた。

「あの女の子、ちゃんと帰りましたか?」

「ああ、警備部の瀬名っていう警部補が神戸まで送って行ったよ」


「かなり、具合悪そうでしたね……」

「そうだな。どうやら、あまり長くはないらしい……」

「彼女も元気ならきっと、ここにいたのでしょうね」

「そうだな……」

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