友人の証言
自主トレ終了後。
誰とも話したくなくて、周は仲間達に挨拶だけしてすぐ寮の自室に戻った。
とりあえず、風呂の時間までは自分の部屋で課題をやろう。
確か、警察官を志した理由を400字詰め原稿用紙に3枚書け……だった。今さらどうして、こんなことを?
そうしてあれこれ考えているうちに、ふと思い至った。
ひょっとして和泉には既に、今まで起きた一連の事件の真相が見えているのではないだろうか。
作文を書かせることで、何かしら真犯人をあぶり出すというか、罠にかけようとしているのか。
いったい誰が?
考えてもわからない。
もしこの問題が解けなければ、刑事にはなれない。そう言われたらどうしよう?
とりあえず周は主題である【私が警察官を志した理由】とだけ書き込んだ。
端的にまとめるなら、和泉の相棒になりたかったから。でもそれでは1行で終わってしまう。
ふとまた、午後の授業の時のことを思い出してしまう。
今までだってきっと、和泉が誰かに対してあんなふうに、本気で怒ったことはあっただろう。彼のお父さんは上手に宥めていたのだろうか。
自分にはそれができるのだろうか?
少しだけそれが不安になってしまった。
というか、それ以前に刑事になれるように頑張らないと。
そう言えば……水城陽菜乃も刑事志望だと言っていた。いくら今は成り手が少ないとはいっても、誰にでもなれる訳じゃない。
どこで何をしているのか知らないが、しっかりしろ!!
……って、人の心配をしている場合じゃない。
ダメだ。集中できない。
場所を変えよう。
周は立ち上がって図書室に向かった。
※※※※※※※※※
それは今日の午前中の話である。
「よく、お話ししてくださいましたね」
少女は頷き、聡介を真っ直ぐに見つめてきた。
被害者である宇佐美梢の友人だという、立川七緒という少女から聞いた話はあまりにも衝撃的だった。
聡介は和泉と2人、真剣に彼女の言うことに耳を傾けた。
宇佐美梢の友人だという立川七緒という少女による供述は、こうだ。
「梢ちゃんは私の、親友です」
立川七緒は初めにそう語った。
その口調からは、懐かしさと愛おしさが滲み出ていた。
「私の母親が華道の師範で、小規模な教室を開いていて、梢ちゃんのお母さんが生徒さんとして通っていました。そんな縁で小さな頃から付き合いがあったんです。彼女、子供の頃から正義感の強い人でした。いつもいじめっ子から私を守ってくれて、助けてくれました。本当に、心が優しくて強い人でした……」
中学生の頃、と彼女は顔を歪めて話を続けた。
「寺尾っていうクラスメートが、梢ちゃんに好意があるような感じで、熱心に言い寄っていました。でも彼女、頭がいい人だから気付いていたんです。あいつの狙いはお父さん……県警の偉い人だから、今の内から取り入っておこうと考えていたんです。あの頃から将来は警察官になるって宣言してましたから」
その寺尾が目の前にいるかのように、少女は吐き捨てる。
「梢さんの反応は?」
「もちろん、相手になんかしません。しつこくって……ほぼストーカーでした。でも、あの日……梢ちゃんのお兄さんのことがあってから、事態は変わりました」
「お兄さん?」
「……自殺したんです。当時警察学校にいたんですけど、授業についていけないって、苦しくなって……寮の屋上から飛び降りたって」
例の204号室の学生か。
聡介は黙って続きを促した。
「元々、ご両親の仲があまり……上手く行っていなかったみたいで。でも、それが引き金になってとうとう、離婚されました。梢ちゃんはお母さんについていって……」
「それで、寺尾と言う男子は?」
「最低です、あいつ!! 梢ちゃんのバックに何もなくなった途端、今度は私に言い寄ってきたんですから……」
彼女の父親が社会的に高い地位にあることはなんとなく聞いていた。
聡介はまだ顔を見たこともないが、その寺尾という男は本当に最低だ、と思う。
「……中学を卒業して、高校まで寺尾と一緒だってなった時は本当にゾッとしました。でも梢ちゃんとも同じだったし、それに。高校で出会ったんです、稔君に」
高柳稔。
今から3年前に、包ヶ浦海岸で命を落とした少年である。
「彼とはクラスが別だったんですが、文学部仲間で親しくしていました。優しい人で、私の相談にいつも乗ってくれて……それで、いつしかなんとなく付き合うようになって」
よほど好きだったのだろう。
彼のことを語る彼女の顔は、ほんのり紅く染まっていた。
「これで寺尾もあきらめるだろうって、私……ほっとしました。でも……」
「その頃、梢ちゃんのお母さんも再婚したんです。お相手が広島医大の教授で、わかりやすいですよね。寺尾は今度は、私と梢ちゃんの両方に媚びを売ってきました」
聞いているだけで吐き気がするほど、気分の悪い話だ。




