裏を取ったらガッカリしただけだったわよ
【地域警察】の授業は和泉に授業は任せておいて、北条は水城陽菜乃がアリバイを主張した件のレストランへと自ら裏を取りに出かけて行った。
この件ばかりは部下には任せられない。
場所は学校から呉方面へ南下した、海沿いの店である。
お洒落な外観で、一見の客をあまり歓迎しないような雰囲気が見て取れた。
今の時間は準備中の札がかかっている。
それでも北条はドアをノックする。
すると中から、従業員と思われる女性が出てきた。
「こう言う者ですが」
北条が警察手帳を示すと相手はびっくりした顔をし、それでも中に入れてくれた。
今はちょうど休憩時間だったらしい。ガランとした店内で3人ほどの店員が隅のテーブルで固まって、おしゃべりをしていた。
応対に出た女性は、一番入り口に近い席に着くよう言う。
彼女は客でもない自分にも冷たい水を持って来てくれた。
「先日の土曜日の夜のことなんですが、この2人連れがやってきましたか……? こちらのお店だと思うんですが」
北条は沓澤と陽菜乃が映っている写真を見せた。
「ああ、間違いありません。うちのお得意様ですよ」
「……お得意様……」
「この店、完全予約制なんです。こちらのお客様には何度かご利用いただいてますね」
嫌な気分がした。
あの2人はあの日、あの夜、この店で一緒に食事する【約束】をしていたのだ。
「……何時に予約していましたか?」
「確か、えっと……少しお待ちください」
女性はポケットからスマホを取り出して操作する。
「午後7時っていうお約束だったんですが、遅れるとご連絡がありました」
「いつ頃ですか?」
「えっと……7時少し前ですね」
「実際、店に来たのは?」
「8時過ぎだったかなぁ? なんだかお2人とも、顔色悪かったですね」
「……どんな様子だったか、何か印象に残っていることはありましたか?」
女性はうーん、と唸ってから、
「そう言えば、女性のお客様の方に何度か電話がかかってきて、その度に席を外しておられましたね」
「そうですか……」
「店を出たのは、確かに9時9分でしたか?」
「えっと、少しお待ちください……ああ、そうですね」
水城陽菜乃の主張する【アリバイ】は、沓澤と共にこれで裏が取れた。だが。
少しも気分は晴れなかった。
とりあえず、学校に戻ろう。
※※※※※※※※※
月曜日の自主トレ時はいつもなら週の初めを乗り切ったという安心感で皆、少し表情が明るいのに、今日はいつもと様子が違っていた。
周もそうだ。
和泉の豹変ぶりに驚き、恐怖を覚えてもいた。あれが本来の彼の姿というか……知らずにいた一面なのだろうか。
彼の父である、あの人は知っているのだろうか?
「……なぁ、周。和泉助教と知り合いなんだろ?」
隣を走る倉橋が、おそるおそる訊いてくる。
「……うん」
「普段から、ああなのか?」
「違う!! 本当はすごく優しくて……いい人だよ。ただ、たぶん……」
彼の父の名前が出て、悪く言われた瞬間だったと思う。
和泉が豹変したのは。
でもなんとなく、そのことを倉橋に話す気分にはなれなかった。
周は走りながらさりげなくクラスメート達を見回した。
相変わらず陽菜乃の姿は見えない。
「それにしても水城のやつ、どうしたんだろうな?」
彼女は午前の点検教練にも姿を見せなかった。
倉橋はなおも何か言いかけてやめた。
ふと、周は思い出したことがあった。かつて同じ教場の仲間だった一人が、辞めて行く直前、あんな感じだったことを。
彼女もここを辞めるのだろうか?
なぜかチクリ、と胸が痛んだ。
その感情が何なのか、周には理解できないでいた。




