冤罪だぁあああ~っ!!!
すっかり血の気を失い、顔色の悪くなってしまった陽菜乃を医務室に連れて行くよう女性警官に頼んで、和泉達は再び額を突き合わせた。
「彼女の言うことを裏付けるのが昨日のあの写真であり……アリバイあり、ということになりますね?」
「……そうね……」
「その、沓澤と言う教官にとってはあまりよろしくない証明でしょうが」
もじもじと言いにくそうに、聡介は感想を述べた。
「でも、まだ完全なアリバイだとは言えないわ。そもそも宇佐美がどこで殺害されたかにもよるでしょう?」
北条はかなりイライラしているようだ。
無理もないと思う。沓澤とはかつて同じ部隊で働いていた仲間であり、彼の妻とも顔見知りなのだ。
それがまさか、こんな形で生徒のアリバイを証明することになろうとは。
「他に、ガイシャに恨みを持つ人間は……」
その時、和泉の携帯電話が鳴りだした。
堤警備部長からだ。
「もしもし、和泉です」
『……今から、私の部下をそちらに向かわせる。梢の事件のことで、話がしたいという少女がいて……』
「少女?」
『私の部下は瀬名、少女は立川七緒……梢の友人だそうだ』
「わかりました、ありがとうございます」
和泉は礼を言って電話を切った。
ほどなくして。
学校の正門に制服姿の警官と、車椅子に乗った少女があらわれた。
「警備部の瀬名と申します。彼女は立川七緒さん、梢ちゃ……宇佐美梢さんの友人です」
※※※※※※※※※
漢字の書き取りテストなんて、実に小学校以来かもしれない。
法学の授業の折、担当教官が気まぐれで漢字テストを出すことがある。10問中9問を正解しないと、罰としてレポートの提出を求められる。
漢字が得意な周は、いつも満点なのが自慢だ。
が、今回はどうしても思い出せない漢字が一つだけあった。
なんだっけ……記憶をたどっていると、ふと隣からコソコソと音が聞こえた。
隣は寺尾の席である。頭を動かすとカンニングを疑われるので、目だけでこっそり様子をうかがう。
彼は机の下で何かを見ていた。
それが電子辞書であろうことはなんとなく形と色でわかった。
担当教官はゆうべ深酒でもしたのか、座ったままの状態で目を半分閉じている。そこで周は無言で隣の席に手を伸ばした。
寺尾がこちらに気づく。
黙ったまま首を横に振る。
すると。寺尾はものすごい形相でこちらを睨んだかと思うと、突然、周の手に電子辞書を握らせてきた。そして、
「教官、カンニングです!!」
寺尾が叫ぶ。
電子辞書を持っている周の手は、隣の席の男によって高く掲げられていた。
はっ、と教官が目を見開く。
ざわ、と教場内がざわめき出す。
「お前、恥ずかしくないのか?! こんなことまでして点数を稼ぎたいのか?!」
周はただただ呆気にとられ、何も言えないでいた。
つかつかと担当教官がこちらに歩き進んでくる。
彼は周を見下ろすと、
「……お前ら2人、今日は20日だから……グラウンド20週。もっとも、それだけじゃ終わらせんぞ?」
「なんで俺まで?!」
寺尾は不満を口にする。
「文句あるんか?」
「待ってください、教官。自分は見ていました」
上村が立ち上がる。
「不正をしていたのは寺尾巡査の方です。藤江巡査はそのことに気付いて、秘かに止めようとしていました。それを寺尾巡査は、咄嗟に彼の手に電子辞書を握らせ、あたかも彼が犯人であるかのように偽装したのです」
まさか、上村が庇ってくれるなんて。
周はますます驚き、声が出なかった。
教官は意地の悪い眼で上村を見つめ、
「お前、よう見とったなぁ? そんな暇があったんか」
「はい、回答は既に済んでいます」
彼は答案用紙を差し出してみせる。
教官は隅々まで目を通した後、
「他に……現場を見とった者はおるか?」
どうやら全問正解だったらしい。
「自分も見ていました!!」
と、寺尾のすぐ後ろの席に座っている学生が手を挙げる。
倉橋ではなかった。もし彼がそう言っていたら絶対に、周とは友達同士だから信憑性が薄い、と騒いだに違いない。
「自分も見ました!!」
斜め後ろの学生も手を挙げる。
担当教官は寺尾を見下ろす。
「い、いや、これは……!!」
「いいから、お前だけグラウンド40週じゃ」
倍に増えていた。
はよう行けぇ!! と、怒鳴られて寺尾は慌ててグラウンドに出て行く。
教場内に微かな嘲笑が起こったが、教官の咳払いにより鎮まる。
それから、
「お前……藤江じゃったのぅ?」
「はい」
「ああ言う時は、まずワシを呼べ。自分で何とかしようとするな」
周は立ち上がり、頭を下げた。
「申し訳ありません」
教官は再び教壇に戻ると、
「ほんなら、授業を始めるど」




