助けて、たいちょうさ~んっ!!
「……話を変えるわ」
北条が後を引き継ぐ。
「土曜日の武術大会が終わってから後、その時の話を細かく教えてちょうだい」
陽菜乃は顔を強張らせた。
「梢の事件のこと……ですよね?」
直接答えを述べることはなく、北条は黙って彼女を真っ直ぐに見つめる。
「クラスあげての打ち上げ会に誘われていたんですけど、他に予定があって……」
「沓澤との約束?」
「……違います!! 予め約束していた訳じゃなくて……」
言いかけて彼女は失敗したと思ったのか、口元を手で抑えた。
和泉は興味深く彼女の表情を見守った。
「大会の後、あんたと宇佐美が言い争っていた場面を見た、っていう証言があるんだけど」
「そんなの、いつものことです」
ぷい、と陽菜乃は顔を背ける。
「昨日の大会のことで負けた原因を巡って。宇佐美ったら、沓澤にも喰ってかかったっていうじゃない。あんたもその場にいたんでしょう?」
「……そうです。あの子、酷いことばっかり言うから……」
「沓澤に泣きついたのね?」
「そうです。そうしたら教官は私を、駐車場の車に連れて行ってくれて……話を聞いてくれました。それなのに梢ったら、後をつけてきて!! 私達のこと写真に撮って脅してきたんです!!」
「午後7時半頃のこと……だね?」
和泉が念押しすると、肯定の返事。
「私、必死でお願いしました。教官には奥さんも子供もいる。だから、迷惑をかけないで欲しいって。何でも望むとおりにするからって……」
そう語る彼女の形相は、まるで目の前に宇佐美梢がいるかのようだった。
でもその顔つきは、敵意と言うよりも、請願、懇願といったところだろうか。
とにかく必死だった。
「そうしたら、宇佐美は?」
「……わかったって、言ってくれて……寮の方へ戻って行きました」
和泉はちらりと北条の横顔を見た。
彼は黙って頷き、
「……それからどうなったの?」
「教官が、私のことをかわいそうだって思ってくれたみたいで……その足で、一緒にご飯を食べに連れて行ってくれました」
北条は長い前髪をかき上げながら溜め息をついた。
「学生を1人だけ特別扱いするのなんて、困ったものね」
「それだったら……!!」
陽菜乃が何を言わんとしたか先読みしたらしい彼は、遮って質問を重ねる。
「で? 沓澤と一緒に出かけて行って、その店を出たのは何時の話なの?」
「……お店を出たのは午後9時9分でした」
「ずいぶん、細かく覚えているのね」
「レジのところにあったデジタル時計がゾロ目だったので。そのまま寮に送ってもらって、到着したのは午後9時40分でした。そのまま自分の部屋に戻って、寝ました」
「そのことを証明できるのは……?」
「私のスマホ……返してもらえますか? そうしたら、証明できますから」
北条は自分のスマホを取り出し、誰かに電話をかけた。
しばらくして、隣の教場の助教が走ってくる。まるで黒子だ。
陽菜乃はスマホを操作し、和泉達の前に写真を提出した。
「これが、お店で撮った写真です。本当は誰にも見せたくなかった……」
料理を前に並んで座る沓澤と陽菜乃。
視線からしておそらく、店員がシャッターを押したようだ。
時刻は午後8時24分。
ちょうど宇佐美梢がキャンセルの電話をかけたとされる、その時間帯のすぐ近く。
「それより沓澤教官はどこですか?! どうして今日は姿が見えないんですか?! あの人は何も悪くないんです、ただの優しい人なんです……!!」
ふっ、と糸が切れたかのように彼女は動かなくなった。
「……ねぇ、一つだけ訊いてもいいかな?」
和泉は虚ろな瞳をしている陽菜乃を真っ直ぐに見つめた。
「君はどうして、警察官になろうと思ったの?」




