押しに弱いタイプでして
「話が逸れたけど、君とその、亡くなった高柳稔君とは……どう言う関係なの?」
陽菜乃は答えようとしない。
どうせ、もうそっちで調べ済みなんでしょう、という投げやりな気分なのか。あるいは、思い出して深い悲しみを覚えているのか。
実を言えば、既に彼女の身許については詳しく調べてある。
彼女の家は明治時代から続く、とある有名な商事会社である。
いくつものグループ会社を経営し、今は故人となっているが、戦後最大で最強、政財界の重鎮と呼ばれた女性を祖母に持つ。
要するに水城陽菜乃は真正の【お嬢様】ということだ。
水城、と北条が優しく彼女の肩に触れる。
「答えたくないなら、こっちが調べたことを言うから『はい』か『いいえ』か、それとも首を振るかのどちらかでいいから。名字が違うから従兄弟かな……と思ったけど、ひょっとしてもっと近い血縁……兄弟なんじゃないかな」
陽菜乃は目を見開き、それからゆっくりと頷いた。
「年齢が君と同じということは、もしかしなくても双子だね? お兄さんなのか弟さんなのかはわからないけど」
「……兄です」
「そう。でもどうして双子なのに別々に育ったの? 高柳君の方はずっと広島で育ったみたいだし、君は東京に住んでいた」
この点はあまり事件に関係がないような気もするが、聞いておきたいと和泉は思った。
「祖母のせいです……」
「お祖母さん?」
陽菜乃はテーブルの上に置いた拳を微かに震わせる。
その瞳には強い怒りの炎が燃え上がっているように思えた。
「うちは元々女系家族というのもあって、祖母が家の中で一番の権力者でした。でも、母が私達双子を産んだ時……おかしなことが起きたんです」
「おかしなこと?」
「祖母にはお抱えの占い師がいたんです。後でただの詐欺師だってことが判明しましたけど。そいつが、双子は不吉だの、良くないことが起きるだなんだのと迷信を押しつけて……すっかり信じた祖母は、言われるまま兄を養子に出すことにしたんです」
企業のトップにある人間が占いを頼ることは、ままあるものだ。
しかし家庭の中にまで口を挟むとは。
陽菜乃はその占い師とやらに対する嫌悪感を、表情にも口調にも滲ませた。
「兄は広島にいる親戚の元に養子に出されることになりました。私がその事実を知ったのは、中学校に上がる直前の話です……祖母が亡くなる直前に教えてくれました。広島に双子の兄がいる、と」
祖母は、と陽菜乃は続ける。「あんな占いを信じたことを心底後悔しているって、死ぬ間際になって言っていました」
「お兄さんを、元に戻す……本当の家に戻る話は出なかったの?」
「もう、12歳ですから。兄は養父母を実の両親だと信じて疑わなかったんです。本当のことは兄にも明かされましたが、今さらだって話です」
そうだろうな、と思ったので和泉は黙っていた。
「兄に会いたい、私はそう思って、夏休みとか冬休みとか長期休暇を利用して、何度か兄と会いました」
水城陽菜乃は懐かしそうに頬を緩める。
「向こうも私のこと、すぐにわかってくれました。あらかじめ養父母から妹がいることを聞いていたみたいです。私達は……学校を卒業したら、一緒に暮らそうって約束しました」
理不尽な理由で生き別れになった兄妹が、心を通わせ合って、そうしていつか一緒に暮らす。離れていた時間を埋めるかのように。
彼女にとってはきっと、その日が来るのを一日千秋の思いで待っていたのだろう。
「だけど……」
陽菜乃は俯く。
「兄は、亡くなりました。今から3年前……高校1年生の時です」
詳細はある程度知っている。
だが今は、彼女の口から語られる『事実』を訊いてみたい。
「当時、兄には親しくしていた女の子がいた……みたいです。恥ずかしがって、ちっとも詳しいことを教えてくれませんでしたけど。だけどその子、同じクラスの他の男子生徒からも言い寄られていたんです」
「……何ていう子? その彼女と、男子学生の名前は」
すると彼女は一瞬の間を置いて、首を横に振る。
「……わかりません、兄も教えてくれませんでしたし」
いま、嘘をついた。
和泉は直感的にそう感じた。
「続けて」
「……夏休みのある時、その男子生徒が兄の彼女に、包ヶ浦海岸に行こうって誘ったらしいんです。そうしたら彼女、兄が一緒なら……って、了承したんだって」
「それで、お兄さんも納得したの?」
「兄は……嫌と言えないタイプだったので。その、彼女にも熱心にアプローチされて、なし崩し的に付き合う結果になったみたいですから」
和泉は喉の渇きを覚え、立ち上がって給湯器の元へ行った。
3人分の水をコップに入れてトレーに乗せる。
「それで、包ヶ浦海岸へ行った時のことを詳しく教えて?」
陽菜乃は首を横に振る。
「私は……兄が亡くなったことを、兄の養父母から聞いただけで……詳しいことは何も知りません。ただ、場所があそこだったということしか……」
「だからあの時、あの場所に花を供えに行ったっていうことだね?」
そうです、と陽菜乃は頷く。
ひとまず昨日の行動の意味については判明した。和泉は口を閉じた。




