知識と実践は別物なのよ
今日の一時間目は点検教連。
『点検教連』とは、簡単に言えば姿勢や服装、持ち物の点検を行うこと。
……とだけ聞けば、たいして難しくもなさそうだと思うかも知れないが、そうではない。
周も初めの頃は簡単だと思っていた。
テレビで見たことのあるような動作をするだけだろう、というぐらいに思っていた。
だが、理論と実践は別物であることを嫌というほど実感した。
警棒を抜く、拳銃を構える、警笛、手帳を取り出す。
それらの行動にもいちいち細かい規定があり、少しでもズレると途端に怒鳴られてしまう。
「点検官に注目っ!!」
「警笛、一斉に吹け!! 収めっ!!」
これらの行動に何の意味があるかと初めは疑問だったが、ある時、
『全員の動きが揃っていなければ、必ずそこが集中的に攻撃され、部隊が全滅する恐れもある』
そう聞いてから周は考えをあらためた。
そもそも、今まで一度もやったことのないことをやれ、と言われるのだから簡単な訳がない。拳銃どころか警棒だって、初めの頃はまともに抜くこともできなかった。
「手帳っ!!」
その時ふと、なぜか急に周の頭に陽菜乃のことが浮かんだ。
理由はわからない。
ただ、このところ彼女の言動が少しおかしかったのは事実だ。
今日は朝からずっと姿を見ていない。聞けば体調不良ということで、授業にも出ていない。
ボンヤリしていた。
周だけ動作が遅れた。
「そこっ!!」
点検官と呼ばれる教官がツカツカと周の元に近づいてくる。
「聞こんかったか?! 今の指示が!!」
申し訳ありません、と口にしたところで既に遅い。
「全員、腕立て伏せ50回!!」
※※※
教官からやめ、の声がかかった頃にはすっかり腕が笑っていた。
日頃はめったにこんなミスをしない周のことを、担当教官も少し不思議に思っているようだ。
授業が終わった時、周は気まずくて誰とも顔を合わせることができなかった。
次の授業に向けて教場を移動している間、ずっと俯きっぱなしだった。
案の定、
「あ~あ、誰かさんのおかげで……余計なことに時間取られちまった」
寺尾が嫌味たっぷりに、聞えよがしに呟く。
「他人の心配してる優等生が、まさかのぼんやりミスなんて……」
何も言うまい。
するとその時、
「気にすんなって!!」
誰かが大きな声でそう言ってくれた。
「そう言う日だってあるだろ」
周は声の主を探した。日頃はほとんど会話をしたこともないが、同じ教場の学生である。
「そうそう、むしろノーミスなんてありえないから!! 我らが藤江巡査も、人の子だったって訳だ!! 安心した」
誰なのかわからないが、気がつけば後ろから首に腕を回され、頭を撫で回されていた。
「気にしない、気にしない!!」
「ノープロブレム!!」
まわりにいた他の仲間達も、揃って声を上げてくれる。
周のせいで全員が大変な目に遭ったというのに、彼らは皆、何一つ責めることなく、次から次へと前向きなコメントをしてくれる。
思わずじわり、と目頭が熱くなってしまった。
仲間達にもみくちゃにされながら、周は視線を巡らせた。
倉橋はホッとした表情。
他の仲間達は全員、笑顔。
あの上村は疲労のせいか、死にそうな顔をしているが、怒ってはいないようだ。
ただ一人、寺尾をのぞいて全員が明るい表情をしていた。
「ごめんな……みんな」
周がそう口にすると、一斉に返事がある。
「ドンマイ!!」
「ふん!! 点検官があの助教なら、何のお咎めもなしだっただろうよ!!」
寺尾はそう捨て台詞を残し、一人で走ってどこかへ行ってしまった。




