バレてたか!!
「あら、途中で抜けたの?」
「……だって、走りながらしゃべるってしんどいし……しかも僕、革靴ですよ?」
だらしないわねぇ、と特殊捜査班を率いる隊長は溜め息交じりに言う。
「それより……あれから話は聞けましたか……?」
「これからよ。彰ちゃん、あんたも一緒に来なさい」
それから、到着したのは食堂の片隅。
当然だが朝の早いこの時間、調理に取りかかっている職員以外、誰の姿もない。
柱で影になる日当たりの悪い場所。
そこはいつも誰かの指定席になっているそうだが、彼女はそこに座っていた。
すぐ傍には和泉の同僚である女性警官。彼女は詳しいことを聞かされていないようで、やや不思議そうな表情だが、任務に忠実である。
水城陽菜乃を見張っておけ、という命令に。
「お待たせ」
北条が気軽に声をかけると、陽菜乃はゆっくりと顎を上げる。
昨夜は眠れなかったのだろう。目の下にクマが浮いている。
蚊に刺されたのを引っ掻いたりでもしたのだろうか、首に赤い筋がついている。
痒いのか、彼女はしきりに首元を気にしていた。
こちらが座ろうとしたのを遮るように、彼女は立ち上がって必死の形相で北条に縋りついてくる。
「沓澤教官は?! ねぇ、今日はどうしていないんですか?!」
「落ち着きなさい」
ね? と、いつにない優しい声で北条は水城陽菜乃の肩に触れる。
「沓澤教官が何をしたって言うんですか?! 私達、誰かに咎められるような悪いことは何もしていません!!」
そう叫んで、また泣き出しそうな顔になる。
「落ち着いて。それよりも、あんたに聞きたいことがあるのよ」
「……」
「昨日、包ヶ浦海岸へ行ったわね? 藤江周と一緒に」
陽菜乃はこくん、と頷く。
「どうして、あそこへ行ったの? 怒らないから、ゆっくりでいいの。話を聞かせて」
少し落ち着いたようだ。
陽菜乃はグスグスと鼻をすすりながら、椅子に腰かける。
「本当のことを話したら、沓澤教官のことを許してもらえますか?!」
和泉と北条は顔を見合わせた。
「この件に関しては、アタシ達がどうこう言える問題じゃないの」
「だったら何も話しません」
驚いた。
彼女は……完全に惚れてしまっている。あの、沓澤と言う妻子持ちの教官に。
昨夜もそう感じたが、今はもはや確信へと変わった。
和泉は少しの戸惑いを覚えた。
何となく今までの言動を見ている限り、彼女は周に好意を寄せているのだと思っていたのだが。
しかし、同時期に複数の男性を好きになることが、まったくない訳ではない。
ひょっとして……和泉の中で一つの仮説が浮かんだ。
この子は沓澤への思いを払拭する、あるいは隠す為に、周のことをカムフラージュにしていたのではないか。
これだから女は信用ならない。
和泉は、ここが取調室であると考えて彼女と向き合うことにした。
それにしても。
可愛らしい子だな、と和泉は思った。
顔立ちという点で言えば、どこかのアイドルグループに所属していればきっと、真ん中のポジションを保持していたことだろう。
なるほど、こんな可愛い子を隣に連れて歩いていれば羨望の的だ。
だが今は。どことなく戦闘態勢というか、明らかな敵意のようなものを感じる視線を向けて来ていた。お互いに、だが。
この際、遠慮や下手な策は打たない。
正面から、そしていきなり切り札を晒すことにした。
「高柳稔という人物を、知っているよね?」
水城陽菜乃は大きく目を見開き、額に汗を浮かべた。
「どうして、そのことを……?」
「昨日、包ヶ浦海岸のあの場所に、君は何の用事があったのか……過去に何があったのか調べてみたんだ。そうして3年前の事故が判明した。亡くなった少年について、詳しい資料が残っていた。顔写真を見てびっくりしたよ、君にそっくりな顔をしていたんだから」
「……」
「君は……高柳稔君が亡くなった場所に、花を供えに行ったんだね? 周君を連れて。昨日が命日だったから……」
陽菜乃は答えない。
「答えがないっていうことは、肯定していると考えていいんだね? 別に隠すようなことじゃないだろう。どうして正直に、本当のことを言わなかったの? 我々にも、周君にも……だ」
「……それは……」
和泉は黙って続きを待った。北条も口を閉じている。
「和泉助教の姿が見えたから、です!!」
陽菜乃は悪戯っ子のような笑顔を浮かべる。
「え……?」
「私、知ってます。藤江君のことが大好きなんですよね? 時々、笑いながら小さく彼に手を振ってるの、気づいていました」
ガンっ!!
テーブルの下で思い切り足を蹴られた。
「やきもち焼かせてみたいな、って。ごめんなさい」
そう言って陽菜乃は、可愛らしく舌をのぞかせて見せる。
まさか、こんなところでそんなオチがつこうとは。
いろんな意味で痛い。
「……藤江君に黙っていたのは、試したかったからです」
「試したかった……?」
「何も言わないでも、彼がどこまで私の為に……」
お人好しな周のことだ。
もし彼女が困った顔で、縋るような声で『お願い』してきたら、断ったりはしないだろう。
「周君は優しいからね」
陽菜乃は微笑む。
「はい。でも彼、私のことあんまり……女としては意識していないみたいです。口を開けばお姉さんと、猫ちゃんの話ばっかりで」
僕のことは?
さすがに今は、その質問は控えておこう。




