刑事もサラリーマンなのよ
そんな水城陽菜乃を宥め、必死で説得し、寮に戻るよう促したのは沓澤だった。
気の効かない中年男と、絵に描いたようなシャイなオジさんは、ボンヤリとその様子を眺めていただけだ。
ややあって。
沓澤は気まずそうに、なるべくこちらと目を合わせないようにして、自分もそろそろ帰宅すると宣言したのだった。
時刻は午後9時。
散々文句を言うだけ言って、あとはとにかく一刻も早い解決を、とせっついてきた幹部達はとっくに帰宅しており、宇佐美梢の事件を担当する他の刑事達は皆、捜査本部のある廿日市南署に詰めている。
本日当番の教官もどこにいるのか姿が見えない。
そんな訳で今、部屋の中にいるのは和泉と聡介、北条の3人だけである。
そこで、それぞれが入手した情報を交換し、意見を交わす。
宇佐美梢の死亡推定時刻は昨日の午後5時から10時頃であり、直接の死因は後頭部に強い衝撃を受けたことによる脳挫傷。
「……死亡時刻はキャンセルの電話をかけてきた直後……8時半前後と見て良さそうですね?」
と、聡介。
「そうね。午後7時過ぎには電話で話をしていて、7時半頃には沓澤と駐車場でケンカしていた……つまり、その時にはまだ生きていた」
父と北条が2人で話しているのを聞きながら、和泉は頭の中で、水城陽菜乃の言動を繰り返し再生していた。
陽菜乃は沓澤を庇うような発言をしていた。堤洋一のことを『弱かっただけ』と。
彼女は堤洋一のことを誰に聞いたのか。そうだ、確か宇佐美梢とは同じ高校の出身だったのだから、彼女から聞いたのだろう。
でも。和泉はどこかその口調に、沓澤に対する恋慕のようなものを感じた。
「……先ほどの少女ですが」
聡介が言い、
「誰のこと?」
「医務室にいた女の子です」
「ああ。水城陽菜乃ね……あの子がどうしたの?」
「彼女のアリバイはどうなんでしょうか。さっきは話にならず、まるで事情聴取になりませんでしたが」
「わからないわ。打ち上げには来ていなかったらしいけど……」
ふと、北条が顔をしかめた。
「どうかしましたか? 北条警視」
「……ちょっと頭痛がね」
そう言って彼はこめかみを押さえている。
「何か、頭痛の原因になるような事実があるんですね?」
和泉が突っ込むと北条はやれやれ、とポケットからスマートフォンを取り出してみせる。
「これ、見てちょうだい」
どれです? と聡介がポケットから老眼鏡を取り出してスマホに顔を近付ける。日頃ならからかいのネタにするのだが、今はとてもそんな気になれない。
沓澤と水城陽菜乃が映っている。
どう見ても通常の状況ではない。見つめ合い、抱き合う2人。
和泉は一目見た瞬間、ぎょっとして思わずスマホを床に落としてしまいそうになった。
そして先ほどの場面を思い出す。
「なんですか、これ……」
「宇佐美梢のスマホから、アタシのところに送信されてきたのよ」
「……微妙ですね」
父はそうコメントした。
「微妙も微妙、アタシもどうしたらいいのかわからないわ」
北条は溜め息をつく。
2人が何を【微妙】と言っているのか、和泉にはニュアンスで伝わった。
例え2人の間に『何か』あってもなくても、傍から見れば立派に『不倫』をしているように見えてしまうからだ。
「……沓澤さん本人は、なんと仰っているんですか?」
和泉の問いに対し、
「手は出していないって、そう言ってたわ」
「そういう問題ではないと思うんですけどね……」
全員が顔を見合わせ、ふたたび深い息をつく。
「この後、3人がそれぞれどう行動したのか……そこが知りたいけど、恐ろしいのよ」
確かに。
重い空気がその場を支配する。
しばらく全員が黙っていた。




