無神経はある意味で罪
聡介と和泉は顔を見合わせた。
「私も不思議に思って、なんのこと? と彼女に訊ねました。そうしたら……鍵はこの組織内に存在する、なんて言って……」
それから亘理玲子は再び、少し考えてから続ける。「それはつまり、上の人が何か不正をしているのに隠しているってこと? そう訊ねたら彼女、その一部だ……そんなふうに言っていました」
「詳しいことは?」
「教えてもらっていません」
「そうですか」
思い当たる節が多すぎて、どの件なのか見当もつかない。
少しの時間、それぞれが思うところあって口を閉じていた。
それから。聡介は訊いておかなければならない、重要な項目を思い出したのだった。
「ところで……宇佐美梢さんにはどなたか、親しくしていた特定の異性はいらっしゃいましたか?」
玲子は首を横に振る。
「彼女はとても真面目で……少し堅すぎるぐらいの人です。それに、今はとてもじゃないですが、そんなことを考えてはいなかったと思い……」
言いかけて彼女は何かを思い出したようだった。
「そう言えば、いつも彼女の部屋で、机の上に飾ってあった男性の写真……」
何かを思い出そうとしている。喉元まで出かかっている、そんな表情。
聡介は辛抱して続きを待った。
「……そうだ、お兄さんって言っていたと思います。とても大切で、大好きな人だったと」
「お兄さん?」
「ええ。ここの制服を着て映っていた写真でしたから、今はどこかの所轄にいらっしゃるのではないでしょうか」
確か、彼女の兄は……。
「ありがとう」
和泉が微笑む。
そして彼はなぜか突然、立ち上がった。
「聡さん、医務室です」
「なに?」
「いいから行きますよ! 水城陽菜乃に話を聞きます!!」
和泉は聡介の腕をつかんで引っ張り、急いで図書室を後にした。
いったい何を考えているのだろう?
和泉に引きずられ、廊下を歩くというよりも、ほぼ走っている状態である。
「……具合が悪いって医務室にいる子だろう? そんな無理をさせ……」
「仮病に決まってるじゃないですか!! まったく、聡さんは若い女の子に甘すぎるんですよ!!」
そう言われたら反論できない。
そうかと言って、先ほどの和泉のような態度もどうかと思うが。
※※※
医務室は寮のすぐ近く、厚生棟と呼ばれる食堂や売店のある建物の中にある。
和泉はノックもせずにドアを開け、仕切りカーテンを勢いよく引っ張った。
「きゃあ!!」
女の子の悲鳴が聞こえた。
ベッドの上に座っていた水城陽菜乃は、怯えた顔でこちらを見つめている。
着替えている最中だったらしい。慌てて掛け布団と手で隠した隙間から、いくらか白い肌が見えた。
「少し、質問してもいいかな?」
少しの躊躇もなく和泉は陽菜乃に声をかけた。
「き、着替えてからにしてください……」
顔を真っ赤にして、彼女は目を逸らす。
「悪いけどね。僕、女の子の着替えを見て顔を赤くするような、少年漫画のキャラクターみたいな年齢はとっくに通り越してるんだよ」
「セクハラだ、バカ!!」
ごんっ!! 聡介に後ろから頭をはたかれる。
それから和泉は、無理に外に引っ張り出そうとする父の手を振り払い、
「そもそも、着替えてどこに行くつもりだったの? 出抜け※はものすごく重い罪だってこと分かってるよね」
「……」
「周君にも、何も言わないつもり?」
周の名前を出した瞬間、彼女の顔がゆがんだ。
するとその時、
「何やってんですか、あんたは!!」
後ろから野太い男の声が聞こえた。
振り返ると沓澤だった。
彼は太くて強い手で和泉の手をつかむと、文字通り医務室から引きずり出す。
「……捜査1課の刑事が……ズカズカとこっちのテリトリーに、土足で入り込んできやがって……」
彼は苛立ちを隠そうともせず、吐き捨てるように言った。
「そうならざるを得ない状況を作り出した一因……あなたにもあるのではありませんか? 沓澤さん」
「なに……?」
「堤洋一、この名前に覚えがありますよね?」
「……」
「彼の件に関し、あなたの責任がどうこうと言うつもりはありません。僕にはそんな権利も資格もない。ですが、遺族感情としては納得がいかなかった……」
「……何が言いたい?」
「宇佐美梢は、堤洋一の妹です」
沓澤はあまり驚かなかった。恐らく知っていたに違いない。
「彼女はもしかすると、兄の仇を取るために……彼を死に追いやったとされるあなたのことを……断罪するために、ここへ入ってきたのではないでしょうか」
「あんたも、俺が……堤を殺したと……?」
「違うわ!!」
ガラっ、と医務室の引き戸が開く。
「その人が弱かっただけよ! 沓澤教官は何も悪くないもん!!」
水城陽菜乃は沓澤に飛びつき、首を横に振った。
「お願いだから、もうそっとしておいて!!」
そう叫んで彼女は大声で泣きだした。
それこそ、小さな子供が癇癪を起して泣き叫ぶかのようだった。




