誤解しないでよ
ここなら、と亘理玲子と名乗った女子学生が足を止めたのは、誰もいない図書室である。
本来、話をするには相応しくない場所だが、今はそうも言っていられない。
幸い、人の気配はなかった。
聴取が終わるまでは【利用不可】とでも書いて扉に貼っておこう。
和泉と聡介で彼女を挟む形で椅子に腰かける。
「実は同じ教場の男子学生で、何かと私に親切にしてくれる人がいたんです。今は……残念ながら、それほどでもないんですけど」
そう話し始めながら、彼女は苦笑した。
「やっぱりその人も、他の学生の目が気になるんでしょうね。でも、初めはすごく嬉しかったです。私……入校当初は誰も知り合いがいなくて、親しい友達もなかなかできなくて、すごく悩んでいましたから」
だけど、と彼女は続ける。
「それがどうも、他の女の子達のカンに障ったみたいで……ヒソヒソ悪口を言われるようになって。ここに何しに来たのか、さっさとやめてしまえって」
ありうるな、と聡介は思ったが黙っておいた。
ただでさえ閉鎖的なこの空間で、浮いた話の一つでもあれば途端に羨望と嫉妬の的になるものだ。自分が学生の時にも似たようなことがあった。
「実は当時、ちょっとしたイジメがあったんです。ノートを隠されたり、私にだけ必要事項の連絡が回って来なかったり。でも私、子供の頃からの夢だった警察官になるのをあきらめたくなかったので、必死に頑張りました。そんな時です、梢さんが私の為に行動してくれたのは」
話は続く。
とある、ホームルームの時間。
「私のノートを隠したり、連絡事項を故意に伝えなかったり、わざと制服を汚したりした犯人は誰なのか、自ら名乗り出るようにと」
自分たちで議題を決めていいと言われていたので、議長である宇佐美梢がそのテーマを提出したらしい。
気の強い子だな、と聡介は思った。
「……宇佐美梢さんはかなり、気の強い女性だったんだね?」
そんな内心を和泉の方が口に出す。
「はい、それはもう。思い込んだら一直線、と言う感じです」
亘理玲子は微笑む。
「彼女は教場全体をよく観察していました。クラス委員長だからということもあったのでしょうが、そういう努力をしていたように思います。彼女は私に言ってくれました。『あなたが一生懸命努力しているのは知っている。親切にしてくれる男子学生がいるせいで、嫉妬の対象になっていることも。だからそういう幼稚な、くだらない問題は一刻も早く解決すべきよ』って」
聡介と和泉は顔を見合わせた。
どうも、他の女子学生達から聞いた話と幾らかズレがある。彼女達は皆、一様に『女王様ぶって偉そうに、常に他人を見下している』と答えていた。
ただ。今にして思えば、あの集団の中に被害者とはまた別の、リーダー格的存在の女の子がいて、他の子は追随していただけとも考えられる。
女の子の集団と言うのはえてしてそういうものだ。
自分の娘が学生だった頃にあった『いろいろ』を知っている聡介は、つい溜め息をつきたくなってしまった。
亘理玲子は真っ直ぐにこちらを見つめ、
「そんなふうに彼女は、他人のために行動できる人なんです。皆はそのことを知っているのかいないのか、自分にも他人にも厳しい梢さんのことを、煙たく思っていたのかもしれません……かくいう私だって時々は、もう少し優しい言い方があるんじゃないかって思ったことありますもの」
「なるほどね……」
「でも、そんな時は決まって陽菜乃がフォローしてくれるんです」
「陽菜乃……?」
「水城陽菜乃です。梢さんとは高校時代からの顔見知りらしくて、何かというと張り合っていますけど、決して仲が悪い訳じゃないと思うんです。2人ともいい意味でのライバルなんじゃないでしょうか。だから私は、彼女達のどちらも好きです」
いい子だな、と聡介は思った。
ともすれば女性は感情で結論をくだしがちだが、彼女はきちんと理性的に考えている。
「時々、思うんです……ひょっとして梢さんは、そういう【キャラ】を演じていただけなんじゃないかって……」
「どうして、何のために?」
和泉の問いかけに、わかりません、と玲子は首を横に振る。
「……意見を言う時はちゃんと、根拠を示してもらわないと。君はこのまま将来、裁判所に呼ばれた時にもそういう、フィーリングでものを言うの?」
そうだ。機嫌の悪い時の息子は、特に女性に対して厳しくなるのだということを聡介はすっかり忘れていた。後で一発殴っておこう。
せっかく心を開いて大切な話をしてくれているのに。
しかし相手は気分を害した様子もなく、真剣に考えてくれた末、答えてくれた。
「……何か目的があったからだと考えています」
「……目的?」
「一度、女子だけで集まって話したことがあります。なぜ警察官を志したのか。その時、彼女はこう言ったんです。『まだ明かされていない、明かさなければならない真実がこの世には絶対に存在するはずだ。罰を受けるべき人間が、罰せられることがないままであってはいけない』のだと……」




