息子の心と秋の空
さて、続いて女子学生達にも話を訊かなければ。
寺尾の聴取が終わった後、聡介は長野課長の命令で和泉と共に女子学生が集まっている第2教場へと向かった。
なお男女を別々の教場に集合させたのは、男子がいる前ではなかなか口に出せないこともあるだろうと、そういう配慮があってのことだ。
それにしても。
さっきまで不機嫌オーラ全開だった和泉の奴は何があったのか知らないが、今は明るい。
が、しばらくすると再びムッツリ顔になってしまう。
黙りこんでいることから、頭の中で猛烈にあれこれ考えを巡らしていることはわかる。
その過程でふと思い出して腹を立てるのか、眉を吊りあげてみたり、目を泳がせてみたりと、とにかく表情がコロコロ変わる。
不機嫌の理由については、周が同じ教場の女子学生と一日行動を共にしていたことが面白くないに決まっている。
しかも、これは聡介のただの勘なのだが。
周は全般に渡って、その水城陽菜乃という女の子を庇っているような気がする。
あからさまに嘘をついている訳ではなく、すべて本当のことは話していない。
2人の間に何か自分達の知らない遣り取りがあったのではないか。恐らくそのことに和泉も気付いていて、余計に腹を立てているのだろう。
捜査に私情を挟むな。
と、言いたいところだが……今まで彼がそのせいで誤った判断をしたことはないし、何よりもそんなことで叱るのはみっともない。
溜め息をつきながら教場の扉を開く。
女子学生達は全員、隅っこに集まってヒソヒソと話し合っている。
全員が集まっているのだろうか?
こちらを振り返った女子達は不安そうな表情をしている。
無理もないだろう。こう立て続けに自殺だ事故だ、挙げ句に殺人事件と続けば。
「これで、全員ですか?」
「いえ、あの……一人だけ体調不良のため、医務室に行っています」
聡介の問いかけに答えてくれたのは、ロングヘアの女性だった。
「お名前は? あなたと、その一人の」
「亘理です、亘理玲子。医務室にいるのは水城陽菜乃……」
ぴく、と和泉が小さく身体を震わせた。
「先ほども周知があったかと思いますが……宇佐美梢巡査が亡くなられました。何者かに殺害されたと見ています」
女子学生達は顔を見合わせる。
「そこでまず、皆さんにお訊ねしたいのは、昨日の夜のことです」
ざわざわ。
囁きが広がり始める。
参ったな。こういうのは一度始まると、なかなか止まらないものだ。
すると。突然ドンっ!! と、鋭い音がした。
聡介も思わず驚いてしまう。
「全員、質問には速やかに答えろ」
振り返ると和泉が拳を黒板に叩きつけていた。
女子学生達は全員口を閉じ、背筋を伸ばして彼を見つめている。
静かになったのはいいが、どうも八つ当たり感がぬぐえない。
聡介は誰にともなく質問を投げかけた。
「聞いた話では、武術大会が終わった後にクラス仲間で打ち上げに行くという約束をしていた……と?」
学生の一人が発言を求めて挙手する。
「その通りです。私が幹事で、会計の担当でした。宇佐美巡査は既に会費を支払い済で、会場になったお店の人とも知り合いだからということで……必ず参加すると言っていたんですが……時間になってもなかなか来ないから、何度か電話をかけたんです。大会の後、メイクするって皆、それぞれ部屋に戻ったんですよね。よほど念入りに準備しているのか、お洋服が決まらないのかなぁ~って思っていました」
「電話をかけて、そうしたら?」
「何度目かでやっとつながって、出かける直前にトラブルが発生したから遅れるって言っていました」
「何時頃の話です? 彼女が電話に応答したのは」
「えっと……」
女子学生は携帯電話を確認する。
「午後7時過ぎです」
「時刻は正確に。君は調書に午後7時過ぎなんて曖昧な記載をするのか?」
和泉がすかさず突っ込む。
なんなんだ。相手は若い女の子だぞ、そんなに厳しくしなくてもいいじゃないか。
既に相手の女子学生は少し泣きそうな顔になっている。
「ゆっくりでいいので、正確な時間を教えてもらえますか?」
聡介は慌ててフォローする。
「午後7時14分です」
ということは、その時間に被害者はまだ生きていたということだ。死亡推定時刻をもう少し絞り込める。
「お店の場所と名前は?」
「坂の駅前です。団やっていうお店で……」
「全員参加予定でしたか?」
「いえ、さすがに当番がある人は不参加です。後は、誘ったけど来なかったのは何人かいました」
「当番だという生徒と、誘ったけど来なかった人物の名前を教えてくださいますか?」
「えっと、上村巡査です。彼は本来練交の当番だった別の人と交代して……ねぇ?」
幹事役だったという女子学生は隣にいる学生に同意を求める。
「あとは、藤江巡査と倉橋巡査です。2人とも声はかけたのですが、予定があるということで不参加でした」
周の名前が出てきたので、聡介は思わず和泉の顔を見た。特に変化はない。
しかし、わざわざ当番を代わってまで参加しなかったとは。どういう心境なのだろう?
また息子の横顔を見てしまう。おそらくその上村という学生は、若い頃の和泉と似たタイプだったのだろうと推測される。
何か?
目だけで問いかけられ、つい逸らしてしまう。




