化学反応、またの名をケミストリー(?)
聡介は一瞬だけ、ここは取調室だったか? と、錯覚してしまった。
そうじゃない。警察学校の食堂の一画のはずだ。それなのに。
まるで容疑者を前にしている気分なのは、相手の態度のふてぶてしさ故だろう。
キョロキョロと辺りを見回したり、首をコキコキ鳴らしてみたり、とにかく落ち着きがない。
警察官の制服を身にまとっていても、醸し出す雰囲気がこう言っては何だが、チンピラを思い出させる。
「寺尾君、だね? 少し話を訊きたいんだが……」
聡介が切りだすと、
「名刺」
「え? あ、そうか。これは失礼したね」
ポケットから名刺を取り出し、テーブルの上に差し出す。
寺尾は視線だけで書かれていることを確認し、
「へぇ~、それでも一応『警部』なんですね?」
あ、なんか今カチンときたぞ?
「捜査1課ね~……ふーん。のわりには、全然、頼りにならなさそうですけど?」
「よくそう言われるよ」
聡介がニッコリ笑って受け流すと、その反応が気に入らなかったのか、相手は黙り込んだ。
ちなみに和泉は現在、他の男子学生達への事情聴取を行っている。本当は同席させるつもりだったのだがひどく嫌がったので、聡介が北条と2人で当たることにした。
『あんなクズ野郎の顔、見たくないです』
などとワガママとしか言いようのない息子の発言に一瞬だけ怒りを覚えたものの、北条が仕方ないわね、と許したので聡介は何も言えなくなったのである。
そして今、向かい合って本人を目の前にすると、なるほど……と納得が行った。
この若い男性と和泉を向かい合わせたら、必ず爆発が起きる。
自分は和泉を甘やかしすぎなのだろうかと悩んだりもしたが、妥当な判断だと今は思う。
「余計なことは言わなくていいのよ。訊かれたことだけに答えなさい」
北条が冷たい声音で警告すると、寺尾は舌打ちしそうな表情で横を向いた。
聡介は一つ深呼吸をしてから、
「藤江周巡査から聞いたんだが、何か重大な秘密を握っているって言うのは本当かい?」
すると寺尾はニヤリと唇の端を吊り上げる。
「それ、お話ししなきゃダメですか? 普通、秘密って言うのは少数の人間が握ってるから価値があるのであって、そんなにペラペラ話したら意味ないじゃないっすか?」
聡介が何か言う前に、寺尾の頭上に北条の拳が落ちた。
「訊かれたことに答えろ、って言ったでしょ?」
「……沓澤っていう教官が、生徒に手を出してるらしいんです。俺、証拠写真を持っています」
頭をさすりながら寺尾が答える。
「写真はどこに?」
「……スマホはさっき取り上げられたから、教官室じゃないですか?」
いちいち物の言い方が気に障るタイプ。和泉が毛嫌いする訳だ。
「実物は後で拝見するよ。それより、どうやってそんなものを入手したんだ?」
答えはない。
北条が睨みをきかせて自白を迫る。一瞬だけ怯えた表情を見せたが、寺尾は視線を逸らしてしまった。
「……もしかしてあんた、沓澤のことストーキングしてたの? そういう趣味?」
「なっ、誰があんなゴリラ……!!」
口にしてからしまった、と思ったらしい。嫌な眼つきの若い巡査は慌てて手で口元を抑える。
この若い男は、およそ人への敬意と言うものを知らない。礼儀もだ。
親がどんな育て方をしたのか、一度顔を見てみたいと聡介は心から思った。
「だいたい、そのことが梢……宇佐美巡査の事件とどういう関わりがあるんですかっ?! 俺は、あいつを殺したりしてません!! なんで、沓澤……教官のことであれこれ訊かれなきゃならないんだ?!」
「……質問の内容はこちらが考えることだよ」
聡介が冷静に答えると、寺尾は顔を歪める。
「と、とにかく!! 沓澤教官とひ……水城巡査の間に不適切な関係があるのは間違いありません!! 俺、いや自分は!! 一警察官として道徳を守り、相応しい振る舞いをするべき人の不正な行為を、見逃す訳にはいかないと、そう考えて……!!」
空いた口が塞がらない。
まともな論理にすらなっていないが、勢いだけはある。
「もういいわ」
「北条警視?」
「急いで部屋に帰りなさい」
聡介も驚いたが、寺尾の方も肩透かしを食らったような表情をしている。
「ムカつくのよ、あんた」
右に同じ。
「反吐が出そうだわ」




