RPG:その1
一時間目は地域警察の授業。担当はそのまま北条警視である。
「いい? あんた達が最初に配属される交番勤務ではね……」
口調は相変わらずだが、彼の説明は解りやすく丁寧だった。人前で話すことに慣れている、そんな印象を受けた。
「じゃあ、誰かに実演してもらおうかしら。えっと……」
彼は名簿を見て、
「上村……っていうのはどの子?」
はい、と上村が立ち上がる。
「じゃあ、アタシを不審者だと思って職質してみなさい」
周はつい、ドキドキしながら様子を見守った。もしここで彼が何かヘマをしたら、さっきみたいに張り手を喰らうのだろうか?
こんな細い身体ではきっと、衝撃で吹っ飛んでしまうに違いない。
しかし彼は躊躇なく、教壇の方へと歩いていく。
それから上村はわざわざ北条の視界から消えるようにして、背後から彼に声をかけた。
「もしもし」
北条は面倒くさそうに振り返る。「私は上村と申します。失礼ですが、これからどちらへ行かれますか?」
「どちらへって、家に帰るところだよ」
日頃の話し方からは想像できない、確かに夜の繁華街をウロウロしていそうな人物の真似をしながら、北条はことさら迷惑そうな顔をつくって振り返り、応じる。
「あなたのお名前を教えていただけますか? それから、ちょっと持ち物を拝見させてください」
「……またにしてくれよ。こっちは残業続きでくたびれてんだ」
「あなたのお名前は?」
「……北条だよ、北条。文句あんのか?」
「その、ポーチの中身を拝見させていだたけますか?」
「あぁ? おまわりが、何の権利でそんなこと言うんだよ?!」
北条の豹変ぶりには驚くばかりだ。警察を辞めても、役者で食べていけるのではないだろうか……。
周はその様子を真剣に見つめながら、まだ高校生だった頃のことを思い出していた。
※※※
一年間で地域課の職員が摘発した刑法犯が3000件として、その内の4割が職務質問によるものだという説明を和泉から聞いた。
それぐらい職務質問は大切なんだよ、それじゃちょっと実際に練習してみようか、ということになり……。
『……じゃあ、僕がチンピラの役をするからね。周君は地域課の警官になったつもりで僕に職質してみて?』
周は頷き、とりあえずテレビで見た記憶のある質問を投げかけようとして、向かいに立つ和泉の目を真っ直ぐに見つめて言った。
『すみません、ちょっといいですか……?』
その途端。
和泉がにっこり微笑んで、いきなり抱きつこうとしてきたから、周は本能でその顔面に足蹴りを喰らわせてしまった。
『ごめん、何て言うか……つい条件反射で』
『……あのね、そんな可愛い顔のお巡りさんが制服姿で上目遣いに話しかけてきたら、ナンパだと思う変態も世の中にはいる訳だよ。ましてそんな、真っ直ぐにこっちの目を見つめて来られたしたら……』
そんなのあんただけだろ、と周は思ったが黙っていた。
『心に疚しいことのある人間は、思わず背中から警官に声をかけられたら縮み上がる。話しかける時は必ず、相手の意表を突く形でね。覚えておくといいよ』
つまり、相手の意表を突けということだろう。
上村はしっかりと基本を押さえていたということだ。
「初めに申し上げておきますが、何も疚しいことがないのであれば素直に従う方が得策ですよ? こちらの心証を悪くするのは、お互いにとってあまり好ましいことではないと思いますが……」
北条は舌打ちしてから、仕方なそうにポーチを机の上に転がす。
「それと。絶対にポケットに手は入れない、私が調べているところをずっと見ていて、顔を逸らさない。以上を守ってください。いいですね?」
「はい、そこまで!」
ぱん、と手を叩く音。
北条は上村に席に戻るよう命じ、それから生徒達全員に向かって言った。
「基本はきちんと押さえてるわね。ただ、ちょっと物言いが上から目線すぎるわ。相手によっては逆ギレするわよ。適度に抑圧しつつ、時には少し腰を低くして。恋愛と一緒よ、要は駆け引きが重要だってこと」
笑顔全開で楽しそうだが、誰も笑わなかった。先ほどのことがあるからだ。
「……ここは笑うところじゃない?」
北条は眉間に皺を寄せた。
何人かの生徒がお愛想で小さな笑い声をあげた。