僕と言うものがありながら……(怒)
何かとバタバタしていた周が教場に到着したのは最後から2番目だった。
既に集まっていた学生達は皆、何ごとかと顔を見合わせている。
「あ、周!」
倉橋が声をかけてくる。
「どうしたんだろうな? また何かあったのかな……」
さぁ、と適当に返事をしつつ周は自分の席に着く。
不意に、すぐ傍に人の気配を感じた。
なんだ? と、周が顔を上げると、寺尾がものすごい眼つきでこちらを睨んでいた。
「お前、絶対に……タダじゃ済まさないからな……」
カラオケボックスでのことを言っているのだろうか。
周は返事をしないでおいた。
からり、と扉が開く。
昼間見た時は私服だったが、今は制服に着替えている北条が厳しい表情で中に入ってくる。
今日の当番は誰だ?
学生達が互いに顔を見合わせる中、教官は口を開いた。
「……周知があるから、黙って聞いて」
教場内は静まり返る。
「宇佐美梢が何者かに殺害された。今朝、遺体が宮島の包ヶ浦海岸で発見された」
驚嘆の声。
一気に教場内はざわめき出す。
周もおどろき、声が出なかった。
「……ただし、アタシが言うのは今までと同じよ。決して口外しない!! それから、この件に関しては捜査1課が動いてる。下手な憶測はしない!! その代わり、聞かれたことにはきちんと正直に答える。嘘をついたら退校処分どころか、裁判沙汰よ」
以上、解散!!
北条が出て行った後たちまち、教場内は蜂の巣を突いたかのような騒ぎになった。
周は即座に教場を飛び出す。
和泉はどこだ?!
たぶん教官室じゃないか。そう見当をつけた周は、急いで走りだした。
「待ちなさい」
後ろから呼び止められた。
振り返ると北条が立っていた。
「……訊きたいことがあるの。こっちに来て」
嫌な予感がした。
が、仕方なく後をついていく。そうして到着したのは食堂の片隅。
予感的中。めちゃくちゃ不機嫌そうな顔の和泉に、少し困惑気味な彼の父親に出迎えられる。
「周君……すまないね」
「いえ……」
「事件のことはさっき聞いただろうけど、びっくりしただろう?」
周は黙って首を縦に振る。
「面倒だろうけど今日の出来事を……朝からもう一度聞かせてもらえるかな?」
彼にそう訊かれて否と言うはずもない。
高校生の頃からずっとお世話になってきた、親切な隣人だ。
「はい、あの……」
周は記憶をたどり、朝からのことを話した。
陽菜乃と一緒に宮島まで行った時のこと、覚えている限りの詳細を話した。
「花屋に寄って、花束を買って……タクシーに乗って包ヶ浦公園までって……」
「その時、我々に出くわしたんだね?」
そうです、と周は頷く。
「何のためにそこへ向かったか、彼女はなんて?」
そうだ。
あの時、どうして陽菜乃はあんな嘘をついたのだろう?
従兄弟があの場所で亡くなったから花を供えに来た、と言っていたはずだ。それなのに。
「……周君?」
「それが、俺にもよくわからないんです」
わからないのは彼女が嘘をついた理由。
でも。なぜだろうか、そのことを話してはいけないような気がする。
「わからないのに、あの子に言われるまま、ホイホイついて行ったの?」
その和泉の口調と言い方が気に入らなくて、周は心を閉ざしてしまった。
「……あいつ、そういうタイプだし」
「そういうタイプって、どう言う意味?」
「訳のわかんないこと言って、人のこと振り回して、和泉さんと同じタイプだよっ!!」
和泉は虚を突かれた表情をし、黙りこんだ。
彼の父と北条はやれやれ、と2人揃って肩を竦める。
「それから……桟橋まで送られて行ったんだよね。それからどうしたんだい?」
帰る途中であった、寺尾の脅迫とも言える出来事については話すべきか否か、周はしばらく迷った。
水城にとっても不名誉なことだろうし、沓澤にとっても。
それに宇佐美の事件には何も関係がないようにも思える。
あれこれ考えて黙っていたら、不審に思われたらしい。
「周君」
和泉に名前を呼ばれて顔を上げると、彼は厳しい目でこちらを睨んでいる。
周は思わず目を逸らした。
「正直に、全部包み隠さずに話すようにって言われたよね?」
仕方ない。周は帰り道で陽菜乃に寺尾から電話があったこと、彼女が沓澤とのことで不倫の疑いをかけられ、脅されようとしていたことを話した。
ついでに周が、そんなのは何の証拠にもならないだろうと答えたことも。
すると、どうしてだろうか。
北条がほっとした表情で頭を撫でてくれる。
不思議に思って和泉の顔を見ると、彼は何か1人であれこれ考えているようだった。
「……結局、その水城っていう女の子の言動には不審なところが多かった、っていうことなんだね?」
和泉の父は口調こそ優しいけれど、眼つきが刑事のそれだ。
同期生を売るような真似をした気分でいる周は、曖昧に肯定の返事をする。
「他に、彼女について知っていることは?」
「……実家が東京だってこと……生のトマトが食えないってことぐらい」
「トマト?」
本当はつい先ほど、図書室で調べたことも話すつもりでいた。だが。
いつしかそんな気持ちは失せてしまっていた。どうせ彼らも、すぐに調べをつけることだろうし。
すると北条が、
「もう、部屋に戻ってもいいわよ。明日の予習とか、アイロンがけとか、いろいろあるでしょ?」
周は頷き、ほぼ逃げるようにして、その場を去った。




