こいつもなかなか性格歪んでるな
風呂場の扉を開けると、湯気の向こうに小さな身体が見える。
上村だ。彼は洗い場で髪を洗っていた。
周はなんとなく彼の隣に腰かけ、シャワーのコックを捻った。
日曜日の夕方に浴室を利用する学生はそれほどいない。先に湯船に浸かった彼を追いかけるようにして、周も全身を洗ってから湯に入る。
彼にさっきの礼を言うべきか否か少し悩んだ。
が、すぐに何も言うまいと周は思い直した。
別に助けてもらった訳じゃない。
すると、
「……君は間違いなく、悪い女に騙されるタイプだな」
めずらしい。
上村の方から話しかけてきた。
少しだけ嬉しくなってしまったが、彼の言ったことを理解した瞬間、素直に喜べないことに周は気づいた。
「なんだよそれ」
「そのままの意味だ」
よく考えてみたら、かなり失礼じゃないか?
もしかして夕方のことを未だ根に持っているのだろうか。
「そういうお前こそ、そんな女みたいな綺麗な顔して現場に出てみろ、すぐ変な奴に絡まれるぞ?」
周としてはそれほど深く考えず、軽い気持ちで口にしたのだが。
上村は顔を真っ赤にして腕を振り上げた。湯の飛沫が顔にかかり、本気で怒っているのが伝わってくる。
「……俺が悪かった、ごめん……」
素直に謝られるとは思っていなかったのだろうか、今度は呆気に取られた表情になる。
「……君は、どう考えている?」
急にまた上村が話を振ってくる。
「何が?」
「一ノ関巡査と西岡巡査の死について、だ。あれは本当に自殺や事故だったのか、まったく他殺を疑う余地はなかったのか……」
周は思わず半眼で彼を睨んだ。
いつだったか周がその話を口にしたら、教官に言いつけるからなと言ってたくせに。
「ノーコメント」
「別に、自分から振った以上は教官に申告するような真似はしない」
「お前……意外に性格悪いな?」
そこで周はこれといった根拠もないが、思いついたままを口にした。
「俺が……っていうより、北条教官は他殺を疑っていると思う」
「なぜだ?」
「でなきゃ、捜査1課の刑事が潜り込んできたりしない」
「ああ、和泉警部補か……」
上村はぱしゃん、とお湯を手で打った。
「知ってるのか?」
「名前だけは。有名だからな、彼は」
そうだったんだ……でも、どっちだろう? 良い方か悪い方か。
「僕は他殺だと断言する」
「な、なんで……?!」
驚いた。周は思わずまじまじと同期生の横顔を見つめる。
「一ノ関巡査が亡くなる前日のことだ……僕は、彼が食堂の公衆電話で誰かと話しているのを、偶然聞いた」
ごくん、と息を呑んで続きを待つ。
「彼は、来月の予定を口にしていた。自殺を考えている人間が、未来日の予定を立てるだろうか」
周は口を開けたままポカンとしてしまった。
「……なんだ?」
「いや、だって……もっと具体的な根拠かと……」
上村は気を悪くした、というよりも怒ったようだ。
「充分じゃないか!!」
「わかんないだろ、そんなこと。たとえ来週の予定を立てたところで、急に、何か突然死にたくなるようなことがあった……その可能性だって否定できない」
そうは言いつつも周としても本当は、自殺の可能性は薄いと考えている。
それはただの【勘】に過ぎないのだけれど。
2人の間にしばらく沈黙が降りる。
「……とりあえず……水城陽菜乃には気をつけろ」
急に上村がそんなことを言い出したので、周は戸惑った。
「なんで……?」
「そうやって、すぐ他人に頼っていたらいつまでも一人前にはなれない」
彼は浴槽から出ると、風呂場から外に出て行ってしまう。
周も慌てて後を追いかける。
「そ、そりゃ、確かにあいつ、いろいろ謎は多いけど……」
脱衣場で身体を拭きながら、ふと周はおかしなことに気付いた。
確か彼女は宇佐美梢や、寺尾と同じ高校の出身だと言っていた。それなのに今日の昼間、実家は東京だと言っていた。
考えられる可能性として、高校を卒業するまでは広島にいて、彼女が県警に入ると同じタイミングで家族が東京へ引っ越した。あるいは。事情があって彼女だけ広島に単身で移ってきた。
彼女が怪しいというのなら、確実に後者の方が可能性は高い。
そこには何らかの【目的】があった。
「刑事志望なんだろう? 被疑者の行動に何かしら不審な点があれば、どこまでも調べてみるのが鉄則じゃないのか」
そこで周は急いで服を身に着け、迷わず図書室に向かった。髪を乾かす時間も惜しい。
ここには自由に使えるパソコンが置いてある。
宮島の、あの場所で従兄弟が亡くなった……。
周は【宮島 包ヶ浦海岸 事件・事故】で検索をかけてみた。すると。
今から3年前。
公園の外れ、海水浴場から少し離れた場所で、事件があったという記事が出た。
少年グループによるちょっとしたケンカ騒ぎがあり、転倒した少年が石段に頭を打ちつけて死亡した、という内容である。
ひょっとしてこれじゃないだろうか。
水城の亡くなった従兄弟というのは。
携帯、けいたい!! 和泉に連絡!!
周は急いで部屋に戻ろうと廊下を走った。
しかしその時。
校内放送が流れた。
北条教官の担当する教場の学生は至急、男子は第1教場、女子は第2教場へ集合せよ、と。




