ツンデレ王子VSツンツン賢者
なんでこうなった?
買い物を終えてさぁ、帰ろう。
そこまでは良かった。
学校の最寄り駅に到着した時、時計を確認したら門限まであと15分。
そうだ、陽菜乃が着替えなきゃ、などと言いだしたからだ。
その後は、2人揃ってスーツ姿で全力疾走。駅から学校まではものの1分ほどだが。
おまけに荷物を両手に抱えている。
校門まであと300メートルぐらいの距離で、周がふと顔を上げると、門番よろしくジャージ姿で立ちはだかっている小柄な学生がいた。上村だ。
そう言う当番はないけれど、彼はきっと自発的に門限を守らない学生を取り締まる役を担っているのだろう。
「あと4分32秒」
上村の声。
その時、後ろできゃあっ、と陽菜乃の悲鳴が聞こえた。
振り返ると彼女は地面に手をつき、転んでいた。
スーツはたいていタイトスカートだ。しかも足元はヒールのあるパンプス。
そりゃ、転ぶだろう。
「何やってんだよ、ほら」
散らばってしまった荷物をかき集めてから、周は手を差し伸べる。
しかし陽菜乃は何をグズグズしているのか、その手を取ろうとしない。
「4分18秒」
門限を破った日にはどんな恐ろしい罰が待っているか。
迷っている暇はない。
周は膝をかがめて買い物袋と共に陽菜乃を抱き上げた。再び、全力疾走。
そうして校門をくぐったのは残り時間2分弱前だった。
「……」
息が苦しい。
「藤江巡査……君は、王子様気質なんだな」
面白そうに上村が言う。確実に揶揄だとわかるそのコメントに、
「いつだったかおんぶしたお前と水城、だいたい似たような重さだったよ」
さっ、と上村の顔が赤くなったのを確認して、周は勝った……と胸の内でガッツポーズをした。
彼がもう少し筋肉をつけてウエイトを増やせ、と教官からしょっちゅう言われているのを知っている。
かくいう陽菜乃は気まずそうな顔をして「ごめんね」と、だけ言い残し女子寮の方へと向かう。
……別に、一緒に喜んでくれなんて言わないけどさ……。
※※※※※※※※※
教官室は異様な空気に包まれていた。
おそらく警察学校始まって以来の大騒動であろう。
今は校長をはじめ、部長クラスの幹部だけが会議室に集まって打ち合わせをしている。
連絡があるまでは待機していろと言われ、各教官達、事務員も含め、関係者全員が緊急招集されて一つの部屋に集まっている。
いったい何がどうなっているんだ。
誰も言葉にこそしないけれど、皆一様に苛立ちや不安を表に出している。
宇佐美梢の遺体発見現場を後にした北条達は、一度県警本部に顔を出し、それから学校に戻った。
被害者について自分の知る限り、将来有望と言って良かったと思う。
同じ女子学生の中でも成績は上の方だ。体格も良く、運動神経も優れている。
ただ、仲間達に接する際の態度を見ている限り、他人への敬意や思いやりに欠けているように感じられた。
しかしそうかと言って、誰かに殺害されるほどの強い恨みを買っているようにも思えなかったが。
水城陽菜乃とは常に張り合っていたが、それこそ殺人事件に至るほどだったとは考えにくい。
今の名字は宇佐美、だが以前は堤、だったことも和泉から聞いている。
警備部長である堤の実の娘。
上がピリピリしているのは、その点もあるのだろう。
しかし、北条にとって問題はそれだけではなかった。
もっと厄介で困った事件が同時に舞い込んできたのであった。
北条は自分のデスクで青い顔をしたまま、彫像のように動かないでいる沓澤に声をかけた。
「ねぇ、沓澤。ちょっといい?」
彼はびくっと全身を大きく震わせ、いかつい顔いっぱいに汗を浮かべて振り返った。
廊下に出ましょう、と北条は促した。
「……気付くのが遅くなったけど。昨夜、アタシのところに送られてきたのよ。これ」
北条はポケットからスマホを取り出し、沓澤の目の前に差し出した。
「……!!」
「あんたを信じてる。だから敢えてあえて聞くわ。これは、どういうことなの?」
彼が沓澤に見せたのは、4枚の写真であった。
暗がりの中だったが、ハッキリと顔は認識できる。
場所はおそらくどこかの駐車場。
車の中、運転席と助手席に座る男女が2人。
男の方は沓澤だ。そして、女は……彼の教え子である水城陽菜乃。
1枚目の写真はどちらも前を向いている。
しかし2枚目で水城が沓澤の方を向き、3枚目で2人が見つめ合っている。
4枚目の写真では2人が抱き合っているように見えた。
水城陽菜乃の手がしっかりと沓澤の背中に回されているのがわかる。
映っている角度や被写体の視線からして、隠し撮りされたものだろう。
「……これは……」
北条は彼を見つめつつ、
「本当のことを話してくれたら、大事にはしない。ただし、珠代に黙っている訳にはいかないけれど」
沓澤は唇を固く結んで黙りこむ。
「……本当はね。ずっと前から珠代に相談を受けてたのよ。あんた、もしかして他に女がいるんじゃないかって」
知らないのは本人だけだったらしい。額に大粒の汗が浮かび始める。
「それで、どうなの?」
「……」
「沓澤」




