自分が笑わせたくせに
休職? ああ、やっぱりか。
っていうか……え、マジか?!
周は思わず、二度も三度も教壇に立っている人物を見た。
間違いない……。
「北条警視、お願いします」
周の記憶の中で北条雪村といえば、常にアサルトスーツを着ているイメージしかない。彼は人質立てこもり犯や誘拐犯、テロリストを相手にする特殊捜査班、通称HRTの隊長だからだ。
今のように紺色の制服を着用し、ネクタイを絞めている姿は初めて見た。
しかしまさか、彼が新しい教官とは。
先週の何曜日だったか忘れたが、夕方、突然やってきたのはそういう事情だったのか。おそらく下見に来たに違いない。
彼の留守中、特殊部隊はどうなるのだろうか?
そんな心配を周がしなくてもいいのかもしれないが。
北条は一同を眼だけで見渡し、それからいつもの笑顔を浮かべて言った。
「はぁい、みんな! アタシの名前は北条雪村。よろしくね!!」
彼がこういう話し方をする人だと知っていた周は、くすりともせず、むしろこのシチュエーションでもそれか……と半ばあきれたが、生徒達の中にはクスクスと忍び笑いを漏らす者もいた。
すると、どう言う訳か急に北条の表情が変わった。
笑顔はすっかりなりを潜め、代わりに厳しく冷たい表情がとって変わる。
突然、彼は拳を黒板に叩きつけた。
ものすごい衝撃音が教場内に響く。
周もそうだが、まわりの学生達も何人かびくっ、と身体を震わせてしまう。
笑い声は止み、教場内は水を打ったように静まりかえった。
北条は生徒達を厳しい目で見回すと、低くよく通る声で、
「今、歯を見せて笑った奴。前に出てきなさい」
当然ながら誰も動こうとはしない。
すると北条はつかつかと生徒達に歩み寄り、一人の学生の胸ぐらをつかんだ。
対象者は周の斜め前に座っている倉橋である。彼は微かに震えながら、首を横に振っている。
北条は少しの時間、彼の顔を眺めると、ぱっと手を放した。
「あ、違った。あなたじゃないわ……そう、そこの3人よ」
そうして寺尾、西岡、一ノ関の3名の前で立ち止まる。
この3名は日頃から常につるんで行動している。
なんとなく周の印象では、寺尾をリーダーに、後の2人が追随しているイメージだ。
バシっ!! と、激しい音が立て続けに響いた。
北条に平手で叩かれた3人は、ふらついていた。
1人はバランスを崩し、床の上に転がってしまう。
「……舐めるんじゃないわよ? 警察も、アタシのこともね」
どう考えても道理に合わない気がする。自分が笑わせたくせに。
理不尽だ、と思ったが周は黙っていた。
警察学校での授業とはえてしてそんなものだ。
そんな空気に慣れるのもまた、一つの仕事なのかもしれない。