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チートリアル

作者: 柿沢那谷

「以上で、チュートリアルを終わります」


 という女性型AIの言葉を聞いて、いよいよ冒険が始まるのだと胸を弾ませる。

 ダイブ型VRゲームの最新作『フォークロア』は、新鋭デベロッパーにも関わらず、作りが丁寧で好感が持てる。

 チュートリアルも世界観への没入(ダイブ)を盛り込みながら、システムを理解させるのがうまい。

 本格的に始める前から当たりだ、という確信が持てるのはひさしぶりだ。

 初期装備の短剣をインベントリにしまって、さあ移動しようかと思っていると、女性型AIがまだそこにいるのに気がついた。なんだか感動したように瞳をうるうるさせて、こちらを見ている。


「もしかして、実はチュートリアル残ってる?」

「最後までスキップしないでチュートリアルをやってくれたのは、あなたが初めてです!」


 ぐわっと詰め寄られて仰け反る。あまりにも真に迫っていて目が怖い。

 さすがのリアリティだがこういう部分はいらない気がする。


「そ、そうか。みんなスタダ決めたいだろうし、そうかもね」

「そうなんです! おかげで作り込んだチュートリアルがスキップされて、もう、もう!」


 MMOゲームは、スタートダッシュが後々まで影響する。言ってしまえば、最初に先頭に立ったプレイヤーがリソースを多く得られるわけだ。

 それはまあ、理解できなくはない。ただ、トップギルド目指してますみたいなことを言わないプレイヤーも多いはずだ。

 俺もそっちだけど、カジュアルプレイヤーはカウントダウンから連打でスタート競うまではやらないし、あとでヘルプ見ればいいやみたいな感覚でスキップしてしまうものかもしれない。

 そう考えると、意外と珍しいのかな?

 制作側の感情に満ちたAIに愚痴られる状況というのは、絶対珍しいけど。


「そりゃ、お疲れさま。おれは楽しめたと思うよ?」


 なんでフォローしてるんだろうなーと思いつつ、後から来たプレイヤーが続々ダッシュしていくのを見送る。

 ああ、出遅れている。


「ありがとうございます! ……それで、こんなものをご用意しました」


 女性AIがそういうと、手の中にリボンでラッピングされたプレゼントボックスが現れた。

 どうぞ、と渡されたから、どうも、と受け取る。

 インベントリで操作する必要もなく、手の中に収まると自動的に開かれた。


 ――称号『一から十まで』を獲得しました。

 ――スキル『隅から隅まで』を獲得しました。


 あたまの中で、無機質な音声が響く。

 インフォメーションはいつ聞いても不思議な感覚だ。


「これは?」

「何万人目の来場者おめでとう、みたいなものです」

「あー、はい。オッケー、完璧にわかった」


 わりとよくあるどうでもいい粗品プレゼントのあれだ。

 もらえるものは貰っておくタイプだから、ありがたく頂戴する。

 ステータス画面を開いて、その効果をチェックしてみた。


 称号『一から十まで』

 チュートリアルをスキップせずに最後まで見た、最初の存在。

 フォークロアに耳を傾ける素質がある稀代の聞き手。

 効果:ランダムイベント遭遇率上昇


 スキル『隅から隅まで』

 種別:パッシブ

 スキル発動時、アイテムを獲得した時に低確率で入手量増加

 経験値を獲得した時に低確率で入手量増加

 存在するエリアのランダムイベント発生率上昇


 あ、これチュートリアルクリアしただけでもらっちゃダメなヤツだ。

 チュートリアルっていうか、ここまでくるとチートリアルだな。


「えーと、これ大丈夫なの。バランス壊れない?」

「そこらへんは……ノーコメントで」


 ダメじゃん。

 インフレしていけば気にならないかもしれないけど、現時点だとこれはヤバイ。

 しかもランダムイベント発生遭遇上昇はインフレしていった時に効果がヤバイ。

 まあ、使うけどね。カジュアルプレイヤーだし楽になるのはありがたいけどね。


「じゃあ、SNSとかで晒されない範囲で頑張るよ」

「お気遣いありがとうございます! そこでこんなものを……」

「ええ……」


 もういらないんですけど。


 ――称号『潤滑剤』を獲得した。

 ――スキル『新月』を獲得した。


 称号『潤滑剤』

 衝突しそうな事柄の角を丸める、平和な精神の持ち主。

 優柔不断と紙一重になりがちなのでご用心。

 効果:NPC好感度上昇率増加


 スキル『新月』

 種別:パッシブ

 スキル発動時、看破スキルによるステータス覗き見を高確率で抵抗


 うん、やっぱり絶対持ってちゃダメなヤツだよね。


「いやいやいや、こんなの持ってたら余計にダメじゃないか」

「そこをなんとか。こちらとしても出したものを引っ込めるわけには……」


 運営はどうなってるんだ。大手メーカーのタイトルなら序盤からこんなバランス破壊は許さないだろうに。

 何度か押し問答をした上で、仕方がなく称号とスキルをもらうことになった。

 救いとしては、セットしなければ発動しないというところか。


「こんな1プレイヤーに肩入れするみたいなの、いつか批判されるからやめたほうがいいよ。MMOなんて特にうるさい層が集まるんだから」


 トッププレイヤー争いともなれば、それはゲームであってもほんとうの戦いだ。

 そこに、こんな明らかに優遇された人が紛れこんだらおもしろくない。

 完全に同条件とは言えないまでも、時間配分や効率を競って似た条件でやるから盛り上がれる。

 それがゲームの醍醐味だと思う。


「たしかにそうですね。ちょっと浮かれていました」


 ちょっと落ち込んだようにうなだれて、女性AIはしゅんとしてしまう。

 作りがリアルだから、そんな表情をされるとすこし悪い気もする。

 行為はどうあれ、こっちのことを思ってしてくれたわけだし。


「わかってもらえればいいんだ。怒ってるつもりもないし」

「そこで、お詫びとしてこんなものを……」

「わかってないじゃん! それをやめろって言ってるんだってば!」


 結局、俺がスタートを切るまで、それから二時間近くかかった。

 チートリアルで貰った百個の称号とスキルを持って、俺の冒険はようやく始まる!

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