第六話【君が彼の隣に立ってくれ】
南極大陸最大の港とサウスエンドを繋ぐ貨物列車。
そこから運び出される食料は膨大で、駅周囲には中に倉庫が立ち並んでいた。
ヒロ爺に指定されたオルカと言う会社は、その中で最も巨大な冷凍倉庫を持っており、線路から西側の倉庫の半分はオルカが所有するものだった。
ここは空港も近いため、サウスエンドの郊外にありながら人の出入りが激しく、高層ビル街がすぐそばにある。
冷凍倉庫の作業員に話を聞くと、現在俺の目の前にあるデカいビルがオルカの自社ビルなのだという。
ビルに入ると、身なりの良いスーツを着た者達が行き交っていて、自分の格好が場違いである事が理解できた。
だが、そんなことはどうでも良い。
俺は眠ったまま動かない皆が乗るカートを引き、受付の女に声をかけることにした。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
こんな格好の俺にも、顔色一つ変えずに笑顔で対応する若い女性に戸惑いながらも要件を伝える。
「オーナーのヨセフって人に会いたいんだけど」
「かしこまりました。アポイントはお取りですか?」
「アポイント?」
さっそく聞いたことがない言葉に戸惑うと、すぐさま女性は言葉を変える。
「御面会の約束はされてますか?」
「してない」
そう答えると、受付の女は困った表情をして返答する。
「誠に申し訳ございませんが、お約束のないお客様をご案内することはできかねます」
「待ってくれ、だったらこれだけでも伝えてくれないか。武内 緋色から、彷徨える人を訪ねろと言われたって」
「······かしこまりました」
流石に不信感が表情に出ていたが、女性は受話器を取って話すと驚いた表情に変わった。
「会長がお会いになるそうです。ご案内致しますので、どうぞこちらへ」
「······お願いします」
それから俺は二人でエレベーターに乗り、最上階へと向かう。
扉が開くと、そこには黒いスーツを着た女性が立っており、ここまでの案内をしてくれた受付の女性と少しだけ言葉を交わすと、付いてくるように言われた。
黒スーツの女性と、一番奥にある扉の前まで歩き、作られた小さな拳が木の扉をノックした。
『入りたまえ』
中から返答が聞こえ、二人で中に入る。するとそこには若い白人の男が一人、ガラスで作られた壁際に立っていた。
「二人で話がしたい。君は席を外してくれるかい?」
「かしこまりました」
その言葉と共に一礼すると、女性はこの部屋から出て行ってしまった。
「君が誰かは知らないけれど、よく来たね」
「······」
ヨセフはクスクスと笑うと、窓際に置かれていたソファに腰かけた。
「緊張しなくて良いよ。あの馬鹿の紹介ということは面倒ごとだと重々承知している。取り合えず、そこに腰かけたらどうだい?」
対面の位置にあるソファに座るよう促されたため、そこに腰かける。
「彷徨える人という言葉を聞いた時は驚いたよ。全く、悪趣味なあだ名だろ? 初めはブタデウスとヒーロに呼ばれてたんだけど、どうにか譲歩させたんだよ」
饒舌に話す男は、俺の腰に差しであるナイフを凝視する。
「そのナイフ、確かにヒーローの物だね······懐かしい。それで、今回の用は何かな?」
「預かって欲しい奴らが居るんだ」
「それは、そこにある血生臭い死体の事かな?」
血の匂いが漏れないよう、何重にもシートを被せてあるにもかかわらず、男は即座に中身を見破った。
「そうだ。頼む······」
「うん、良いよ。これは彼の頼みでもあるからね」
即答だった。
「理由も聞かないのか?」
「うん、そんなの僕にとってはどうでも良いんだ。ただ一つだけ条件がある」
「条件?」
「そう、教えて欲しいことがあるんだ」
「何を?」
「僕はヒーロー······武内 緋色をずっと探していた。彼は今、どこに居る?」
「······四十九層に向かった。そこで俺が来るのを待ってるそうだ」
そう答えた時、ヨセフの目が見開かれ、ハッとした表情になった。
「そうか······彼はまだ、諦めてなかったのか」
そう言って掌を額に当てると、そのまま髪の方へと滑らせる。
「その中に居るのは、君の大事な人なんだろう?」
「世界で一番大切な家族だ」
間髪入れずに答えた俺に、ヨセフは笑みを向ける。
「もしかしたら君が、僕とヒーローにかけられた呪いを解いてくれるのかもしれないね」
「あんたがヒロ爺の?」
「うん、同じ部隊だったんだよ。とは言っても、僕の呪いは自分で終わらせられる分、ヒーローの呪い程残酷な物ではないけど」
崩さない笑みは、どこか悲しげだった。
「君の家族は責任を持って預からせてもらうよ。僕ではヒーローの隣に立つことができなかった······だから、君が彼の隣に立ってくれると嬉しいよ」
ヨセフはそう言って立ち上がると、自分の机にもどって受話器を上げた。
「迎えの者を呼んだから、ついて行くと良い。冷凍庫へ案内させよう」
「ありがとうございます」
部屋に入ってきた男とヨセフが言葉を交わし、すぐに俺は冷凍庫へと連れていかれた。
氷点下六十度の世界の隅っこ。
吐いた息は即座に凍結し、白い靄となる。
「待っててくれ······サクラ、それまで皆の事を頼んだぞ」
そう呟いて、何も答えないサクラの白い頬を撫でる。
頬が痛い。伝った涙が凍り付いたからだろうか。
その痛みのせいで、より一層この辛い現実を突きつけられているような気分になる。
外に出ると信じられないほど暖かくて、そのせいかようやく実感が湧いて泣いてしまった。
人の視線など気にする余裕なんて俺にはなかった。
農大生の方にも書いてますが、一旦休止します。
こちらも必ず再開するので、読んでる方はお待ちいただけると幸いです。