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第五話【四十九層で待っている】

読みに来てくださってありがとうございます!



 どうやって、ここまで歩いてきたのかを覚えていない。


 ただずっと、思考を何かに食い潰されていくかのような感覚が続いていて、気が付けばヒロ爺の店の前に立っていた。


 扉を開け、何も言わずに中に入る。


「なんじゃ、また来たのか?」


 俺に気が付いたヒロ爺は、映像の流れる画面から目を離さずに問いかけてくる。


「孤児狩りに弟妹達を殺された。頼むヒロ爺······人を生き返らせる遺宝の話を聞かせ―――」


 次の瞬間、強い衝撃と共に視界が高速で回転する。


 気が付いた時には床に倒れ、ヒロ爺に首を掴まれていた。


「ワシは忘れろと言ったはずじゃが?」


 その声は酷く冷たく、低い声色だった。


「ぐっぁ······あいつらを生き、返らせるか、も知れねえんだ······忘れられる訳······ねえだろっ!」


 言葉を発するごとに首を絞める力は強くなっていく。とても、八十超えた見た目をした老人の握力とは思えない。


「そうか······ならば死ぬんじゃな」


 首の骨が軋む感覚。視界が端から黒く染まっていく中、ヒロ爺の顔が見えた。


 その表情はこれまで見たことが無い程、悲しげなものだった。


「ヒロ爺······あんただって、助けたかったんじゃ······ねぇのかよ······」


 意識が途切れるその瞬間、ヒロ爺の目が見開いたような気がした。





 暗い何も見えない世界。


 感じるのは、自分が落ちて行っているのか、それとも上昇しているのかすら分からない浮遊感だけ。


 何をしていた? なぜ自分はここに居るのかすら分からない。


 ここは、どこだろう?


 まぁどうだって良い。だって今は、すごく心地が良いから。


 ゆっくりと瞬きをして目を開く。すると、目の前にサクラが立っていた。


「ミナト兄······」


 何か、とても大事な何かを忘れている気がする。


「よう、サクラ。お前も居たのか」


「うん、でもミナト兄はここに居ちゃ駄目だよ」


「え、何でだよ?」


 そう訳を聞いても、サクラは困ったような笑みを浮かべるだけだった。


「これまで、ありがと。でもミナト兄······これからは、自分のために生きて」 


「何だ? いきなりどうし」


 サクラの白い腕が伸び、小さな掌が頬を包み込む。


 言葉を遮ったのは、微かに唇が重なり合う口付け。


 顔を離し、照れくさそうに笑うサクラの身体は、風に舞い上げられる灰のように霧散していく。


 それを目の当たりにして俺は、全てを思い出した。


「さようなら······ミナト兄」


 唐突に告げられる別れの言葉。

「待て! 行くなサクラ!」


 いくら舞い上げられる何かに手を伸ばそうとも、何も掴めはしなかった。


「頼むから······俺を置いて行かないでくれ」


 その時、一筋の光が闇の中に差し込む。


 緩やかに吹き始めた風は、やがて強風となって吹き荒れ、俺の身体を光の中へと吹き飛ばしてしまった。





 眩しさに目をしかめ、どうにか瞼を開けた時、そこはヒロ爺の店だった。


「死んで······ないのか?」


「ふん、起きたか」


 身体を起こすと、いつものようにカウンターに座るヒロ爺の姿が見えた。


「昔話をしてやるから、黙って聞いておれ」


「あ、あぁ······」


 手巻きの煙草に火がつけられ、ゆらりとした煙が天井へと伸びていく。


「今から三百年と少し昔。わしは日本と言う国に住んでおった」


 口を挿むと分かっていたのだろう。ヒロ爺は鋭い眼光でこちらを睨みつける。


「その頃のワシは、自衛隊という組織に所属していた。当時は気候変動による天変地異が多発しておってのう、世界情勢は最悪じゃったし、各地で戦争も行われていた。


 まぁ、日本は極東であったからのう戦禍には見舞われなかったが、災害救助に追われて大変じゃった。


 今はこんな姿をしておるが、これでもワシはエリートでなぁ。氷の解けた南極の調査に駆り出され、ピラミッドを見つけた。


 そこから先は知っておるな?」


「遺宝を見つけて言葉を一つにした。だったよな?」


「うむ、その通りじゃ。


 石扉の先には、ディーオスがあってのう、様々な人工遺物アンティークや生物が発見された事で、数十を数える部隊の全てに考古学者と生物学者が派遣されることが決まり、ワシが率いていた部隊にも派遣されてきた。


 それが、ワシと妻の馴れ初めじゃった。


 パンデミックによって、世界各国の調査隊がディーオスの調査に難航する中、ワシの部隊は着々と成果を積み上げ、いつしかブレイバーなどと呼ばれるようになっておった。


 そんな時、日本政府からディーオスの深部探査と合わせて、長期間に及ぶディーオス内での生存調査をアメリカの部隊と共同で行うように命じられた。


 期間は十ヶ月。それまでに潜れる場所まで潜り、魔力濃度に人間はどこまで耐えられるのかという、所謂いわゆる······人体実験。


 非人道的。じゃが、世界の情勢がそれを許した。


 わしらは潜った。深く、深く、地の底へ。


 そして多くの物を失った。


 残った物は、人を生き返らせるという遺宝の情報と、一人の乳飲み子。


 そのどちらも、考古学者であったワシの妻が残してくれたものじゃった。


 ワシは、一人生き残った戦友と赤子を連れて地上に帰還した。


 地上に戻ったワシは、赤子を知人に預け、すぐに遺宝を求めてディーオスに潜った。


 無理矢理着いてきた戦友と共に潜り、呪いを受けたワシは······死ねない身体になってしまった」


 そこまで語った所で、ヒロ爺は立ち上がる。


「ワシの名前は、武内 緋色ひいろ。この名くらいミナトも聞いたことがあるじゃろう?」


 心臓が高鳴る感覚。少なくとも、サウスエンドに住む者でその名を知らぬ者は居ない。

 

 ディーオスの入り口である、ピラミッド前の広場には歴代のブレイバー達の銅像が設置されており、武内 緋色の銅像は最も大きく、ディーオスに近い場所に置かれている。


「流石に、冗談だろ?」


「ふん、これなら······信じるか?」


 皺だらけの掌で顔を覆う。すると、目の前で信じられないことが起きた。


 徐々に曲がっていた腰が真っ直ぐに伸び、刻まれていた皺が消え、白かった毛髪が黒く染まっていく。


「この姿になるのは久しぶりじゃな。はっ、この見た目じゃ流石に、この口調はきついか」


 そこに居るのが本当にヒロ爺なのか目を疑ってしまう。だが、目の前に居る青年は紛れもなくヒロ爺だった。


「ここから先の話が聞きたければ、四十九層に来い。俺はそこでお前を待つ」


「四十九層だって? 今、人類が踏み込んだことがあるのは、三十六層までのはずだ!」


「公式ではな。俺は五十層まで到達している。まぁそこで三十年間、殺され続けた訳だが」


 ヒロ爺はケラケラと笑うと、壁に掛けられていた鞘付きのナイフを手に取って、投げ渡して来た。

 

「骨董品だが、良いナイフだ。貨物街にオルカという名の冷凍倉庫会社がある。そこのオーナーが俺の知り合いだ。ヨセフという名の社長に会ってそれを見せろ、会えなかったり非協力的な時は、彷徨える人と呼んでやれば、血相変えるはずだ」


「どうして、そんな場所へ?」


「そりゃあ······そのままにしていたら、お前の弟妹きょうだい達が腐っちまうだろ?」


 確かにその通りだ。


「お前は当然だが、訳あって俺も協会から手配されてる身でな。先に行かせてもらうとする」


「あ、おい!」


 背中を向け、店の奥へと行こうとするヒロ爺を呼び止める。


「ここにある物は全部お前にやるよ。ただし、期間は五年。五年以内に俺が待つ、四十九層にたどり着け。良いな?」


「そんなの······わ、わかった」


「それと、受付から潜るのは捕まるからやめとけ。ディーオスにはこのビルの地下から入れるようにしてある。それを使うと良い。じゃあ、土産の煙草を忘れずに来いよ」


 最後にそう言い終えると、店の奥の方へと歩いていき、返事をする前に扉を閉められてしまった。


 一人で店に残された俺は、これが夢だったのではないかという疑念を振り払い、ヒロ爺に言われた通り、水産倉庫街に向かう事にしたのだった。






またのお越しをお待ちしております

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