第四話 【孤児狩り】
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荒れる息。手に握る血で汚れたナイフからは、紅い雫が落ちていく。
足元には、頭部を失い、のた打ち回っている全長三メートルを越える大蛇。
規則正しく横に伸びる模様を持つこの蛇の名は、横紋三色蛇。
体色が黒いため、黒変種と呼ばれていて、血液を凝固させる出血毒を持つ。
また、この種の蛇は生息場所と餌によって、体色と毒が変化することで知られている。
黄変種は致死性は無いが、即効性の高い麻痺性の神経毒。
青変種も同じく致死性は無いが、即効性の眠り毒を持つ。
探索者の中でも、生物を狩猟して生計を立てている者を、狩猟者と呼び、大型の生物を狩る時にこの手の毒を使用するのだそうだ。
そのため今回の目的は、その牙と、毒液と、毒腺を採集することである。
ちなみに、ディーオス内の人工遺物や鉱物、植物などを専門に採集するものを、採集者と呼んでいる。
とは言ったものの、下に向かうほど階層の広さは増していき、空気中の魔素濃度も上昇する。そして、生息する生物は強くなっていく傾向にあるのだ。
現在、人類が到達できているのは三十六層まで。三十層までの人工遺物は取り尽されたと言っても過言ではない。
そのため、成長と繁殖のペースが早いディーオスの生物を狩ることで、収入を得る者達がいるのだった。
ナイフに付着した血液をボロ布で拭って仕舞い、リュックから試験管を取り出す。
頭を斬り落とされた毒蛇の瞳には、依然として強い殺気が宿っている。
もうそれにも慣れてしまったが、まだ頭部は生きているため咬まれれば命の保証はない。
慎重に首側から頭部を持ち上げ、両頬に強く力を加えて口をこじ開ける。
その中には立派な毒牙が二本あるため、試験管を牙にはめ込み、押し付けて毒液を採取する。
両牙から出なくなるまで採取を終えると、口内に切れ込みを入れて毒腺と牙を取り出す。
残った頭部は蛇酒の材料になるため、度数の高いアルコールが入った瓶の中に入れる。
既に三つの頭が入っていたため、狩るのも後一匹が限度だろう。
「あとは皮を剥いで······」
そう呟いた所で空腹の音が鳴り、これまで感じていなかった空腹感を呼び覚まされてしまう。
「腹減ったなし、食いながらやるか」
本来は、血の匂いで大型の捕食者を呼びたくないため、拠点付近での解体は避けている。
だが、あと一匹仕留めれば地上へ戻ると決めているため、今回は良しとしよう。
未だにのた打ち回っている蛇の前に膝を付き、腕よりも太い胴体にロープを括りつける。
そして、そのロープを自分の腰に結んで、引き摺り歩く。
二十分程歩くと森を抜けると細い沢がある。それを越えた先にある岩場が今回の拠点だった。
沢で、蛇の腹を裂いて内臓を取り出す。
胆嚢は漢方とかいう薬になるため、これもまた回収して残りは釣りの餌にでもする。
丁寧に皮を剥ぎおえ、血を落とすために沢で軽く洗い、水洗いして良く絞ったボロ布で水気を拭きとる。
残った肉は適度な大きさに骨ごと切り分け、拠点に持ち帰る。
数時間放置していた拠点の焚き火は、まだ燻ぶっていて種火を作らなくて済みそうだった。
拠点に決めた際に集めていた薪をくべて火を強くしている間に、蛇の骨を肉から剥がしておく。
ナイフで骨から肉を削ぎ取り、切れ目を入れて一枚に開く。そして塩を振り、枝を削って作った串に刺して、火の傍に固定する。
残りの分は、これまで狩った蛇同様に骨を抜いてから燻製にして持ち帰る。
ちなみに、この蛇の燻製は兄妹たちの大好物の一つだ。
「煙草はもうできてるし、あと一匹狩れば帰れるな······」
串をひっくり返し、両面に火を当てる。
淡い桃色だった肉は白っぽくなり、肉汁が滴り落ちたので、ナイフで軽く切れ込みを入れて中まで火が通っているのを確認する。
寄生虫に感染すると、病院代がかさむどころか、ソロの俺では病院に辿り着けるかも怪しい。だからこそ予防は大切だ。
「うし、良さそうだな······」
肉を火から放し、両端の串を握って一気に真ん中からかぶり付く。
脂質が少なく、全身筋肉である蛇肉は少し硬い。だが、食べ応えがあって好きだ。
味付けが塩だけなのが少し寂しいが、金がないのだから仕方がない。
五分とかからずに食べ終え、木とロープを結んで作った燻製台に肉を吊るし、折りたたんで持ってきた段ボールを被せる。
あとは放置するだけで燻製の出来上がりだ。
燻製が出来上がるまでの間に、もう一匹の毒蛇を発見して狩ることができたため、夜のうちに肉を燻製して、明日の朝に撤収することにした。
二日かけて五層から地上に戻り、普段通りに戻っていたヒロ爺に、人工遺物が無い事をぼやかれながら査定を受ける。
受け取った報酬は三万程だったが、六日でこれなら上々だ。
いつもと変わらないやり取りに、生きて地上に戻れたのだと実感が湧く。
軽くなったリュックを背負い、受け取った金を懐に入れて、いつもと変わらない帰り道を足早に歩く。
マンホールの中に入り、シェルターを目指す。
疲れ果てて居るはずなのに、足には力が溢れてくる。
皆に会える。ただそれだけが俺の両足を突き動かすのだ。
角を曲がり、シェルターに到着する。
声は聞こえずに静かで、扉を開けても中に光は灯って居なかった。
まだ寝ているのだろう、静かにしなければと思ったその時、奥の部屋から聞き慣れぬ声が聞こえた。
「うわっ、こいつまだ生きてますよ? 毎度の思うんですけど、キラーの奴ら確認しないんですかねぇ?」
「勝手に死ぬと判断されただけだろ。さっさとそいつも片付けちまえ」
その会話が耳に入った次の瞬間、気が付いた時には既に、俺は勢いに任せて部屋の中に飛び込んでいた。
「うわ、何ですかこいつ!」
「ちぃ、執行人の奴らが見逃したのか?」
「しょうがねえ、俺達で殺るぞ!」
「ちょ、俺達は掃除夫っすよ?」
中に居たのは三人。三十代くらいの男が二人と、若い男が一人。
若い男の手は、グッタリとして動かないサクラの腕を持ち上げている。
「その手を離せ!」
男達が腰に差した武器に手を伸ばすより一瞬早く、腰に差していた砕石機取り出して、中に輝光石を入れる。
「フラッシュッ!」
円柱状の砕石機を下部を握り閉め、輝光石を男達の方に向けて、手の甲で上部を強く叩きつける。
鈍い音を発しながら砕ける輝光石。その刹那、眩い閃光が部屋を包み込む。
「うおぉっ!」
「わぁ!」
「ぐっ!」
太ももに固定している投げナイフを抜き、目を押さえている男達の大腿に向けて放つ。
それを確認し、一目散にサクラの下に駆け寄ってその肩を抱き上げた。
「サクラァッ! おい、しっかりしろ!」
何度も呼びかけ、肩を揺すると、力なくその瞳が開く。
「ミナト······にぃ?」
「あぁ! 俺だ!」
「ごめん······なさい······私、皆を······守れなかった······」
瞳から溢れ出す涙。その言葉に辺りを見渡すと、血を流し床に横たわる兄妹達の姿が目に映る。
「プレ······ゼント······渡せなかった······」
「何言ってんだよ。と、とりあえず、血を止めるからもう喋るな!」
そっと頬に伸びる小さな掌。
「ミナトにぃ······私達と生きてくれて······ありがとう」
「喋るなって······言ってるだろ······!」
「次は、もっと生き······やすい世界で······一緒に······」
力無く、ずり落ちる細い腕。
瞳の焦点は合わず、荒く上下していた胸はもう動かない。
「おい、サクラ? 起きてくれよ······なぁ! たくさん、肉を持って帰って来たんだぜ。チビ共が好きだっただろ? だから、皆で······食べようぜ?」
返事はない。
いつもの笑顔も、笑い声も、何もかもが······そこにはなかった。
「そいつ、お前の大事な女だったのか? へっ、良い気味だぜ······!」
その声が耳に入った瞬間、俺はナイフを抜き、横たわる男に馬乗りになって喉元に刃を押し付けていた。
「黙れっ、掃除夫!」
「ぐっ、良い表情だぜ······クソガキ。殺すなら殺せよ。お前らが俺の嫁と娘を、刺し殺した時のようによぉ!」
その瞳には憎しみが宿っていた。
「知るか、俺はやってねえ!」
「関係ねえ! 孤児どもは全員処分すべきなんだ! お前らは罪もない奴らから大切なものを奪わねえと生きられないゴミなんだからなぁ!」
喉元に当てられた刃に恐れる事なく、叫び続ける。
「娘がお前らに何をした? たったニ百サウスを握り締めて、アイスを買いに行っただけだ! それを孤児どもが奪おうとして抵抗した娘は刺し殺された! 帰りが遅い娘を探しにいった嫁も、孤児どもに殺された!」
男の瞳は充血し、涙が流れ落ちる。
「お前らに残された者の気持ちがわかるか? 泣いてんだよ······もう一人の娘は、今でも母親を探して夜泣きする······! その悲痛の訴えを聞く、俺の気持ちがお前に分かるかぁ!」
「うるさい黙れ! 殺すぞ!」
「やってみろ! マークは初めての息子を目の前で殺された! エリックは、家に押し入ったお前らに母親を殺された! 復讐のためなら俺達は死ねるんだよ!」
「うるせえ、お前らの事なんて知るかよっ! 俺の大切な家族を返せぇぇ!」
喉元に当てていたナイフをあげ、逆手に持ち替える。
「うおぉぉおぉぉぉぉっ!」
ナイフを男の喉元に向けて一気に振り下ろす。
その時、脳裏にサクラの悲しげな表情が過った。
甲高い金属音と痺れる掌。
横たわる男のすぐ傍の床には、折れたナイフの刃が刺さっている。
「なぜ、なぜ殺さない!」
「殺せるかよ······!」
今すぐにでもこの男を殺したい。
刃の無いナイフの柄を握り締め、俺は言葉を紡ぐ。
「お前を殺せば······孤児みたいな悲しい子供が······一人増えちまうだろうが」
掌から零れ落ちたナイフの柄が、床の上で弾む。
「うわぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!」
何度拭おうとも、涙は止め処なく溢れ出す。
その涙が、もう兄妹達が戻ってこないという現実を突きつけているようだった。
俺が落ち着きを取り戻すまでの十数分間、男達が言葉を発することは無かった。
このまま泣き続けても仕方ないと自分に言い聞かせ、立ち上がった俺は、男達が持ってきた死体運搬用のカートに、動かなくなった皆を抱き上げては入れていく。
「サクラ······」
微かに開いたままになっている、サクラの瞳を優しく撫でて閉じさせた時、買えと言っていたのに以前と服が変わっていないことに気が付く。
そして、その傍らに血で汚れた紙袋が落ちているのを見つけた。
強く抱きしめてたのだろか、クシャクシャになっている紙袋を開けると、中には一本のナイフ。
「馬鹿が······一緒に買いに行くって······約束しただろうが······!」
再び溢れ出しそうになる涙を堪えるために、俺はサクラの身体を抱き締める。
「行こう、俺が······俺が皆を、長い夢から救い出すから」
サクラをカートの中に納め、毛布を上から被せて覆い隠す。
男達の太腿から投げナイフを抜き取って回収する。
「三色蛇の痺れ毒だ。薄めてあるから、一時間もすれば動けるようになる······じゃあな」
「俺達を······殺さなくて良いのか?」
「······お前たちを殺せば、俺はお前の家族を殺した奴らと、同じになっちまうだろ」
「俺達は、お前の事を報告しなければならないんだぞ?」
「好きにすれば良いさ」
そう答えた俺は、皆を乗せた引き車を引いてシェルターを後にした。
ヒロ爺に話を聞くために。
ようやく話が動き始まめました。
次回から、さらに加速して参ります。