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第一話【老人と少年】

ディーオス = Deep Chaos (深い混沌)


を略した造語です。



 賑わう街道。そこを歩く人々は、体格、年齢、肌の色は様々で、身に纏う衣服もまた多様だ。


 スーツを着て足早に歩く者。作業着を着て仲間と豪快に笑う者。着飾って女の肩を抱いて歩く者。酒に酔って道端で寝ている者。浮浪者。路地裏で得物を狙う孤児達。


 それに引き換え、片側三車線の道路を行き交う車たちは、高級車かトラックという両極端振りである。


 そんなこのサウスエンドの街は、まるで沢山の具材を好き勝手に入れられた鍋のようだと思わずにはいられない。


 まぁ、そんな豪勢な鍋なんて、生まれてから今まで食べた事もないんだけど。


 高層ビルが並ぶ大通りを曲がり、対面通行の細い道をしばらく進むと、背の低い雑居ビルが並び始めた。


 薄暗い路地裏に入り、今時珍しいオレンジ色の明かりを一つだけ灯しているレンガ調のビルのドアノブを握る。


 引戸になっているドアを数回鳴る鐘の音を背にして、雑然と物で溢れている店内に入ると、奥の方から気だるそうな声が聞こえてくる。


「······いらっしゃい」


 今時珍しい木材で出来た床を歩いて奥に進むと、金属器を磨きながら、旧時代の機器で大昔の映画を見ている店主がカウンターに腰かけていた。


 いつものことであるが、カウンターの前に立って対応を待つも、画面から目を離す気配は無い。


「おい、ヒロ爺! 客が来てんだから接客しろよな!」


 抗議の声にヒロ爺は一度溜息をして、億劫そうにこちらへ顔を向けた。


「はて、客?」


 わざとらしい仕草と口調に、思わず声を荒げて抗議する。


「俺の事だよ! 俺!」


「何じゃ、ミナトか······で、今日はどんなガラクタを持ってきたんじゃ?」


「ガラクタって言うな! ちゃんと遺物アンティークと呼べ、アンティークと!」


「アァンティィークゥゥー? そんな生意気な言葉は、ニ十層より下にある物を持ってきてから言うじゃなぁ! グゥーハッハッハ!」


 豪快に笑う爺さんに何を言っても、揶揄われるネタにされるだけと分かっている。


 もっとも、協会から探索者サーチャーの認定を受けていない俺は、十層までしか潜ることを許されていない。


 それに十層までとはいえ、ディーオスに入れるのは、このジジィが運営するギルドに入れて貰えたからであるため、これ以上抗議する気はなかった。


 一頻ひとしきり笑い終えると、この辺ではあまり見ない形のカップに入った緑茶と言う飲み物を口へと運ぶ。


「ふぅ······で、今日はディーオスから何を持ち帰って来たんじゃ? ほれ、鑑定してやるからさっさと出さんか」


 ヒロ爺は傍らに置いてある冷蔵庫から取り出した氷をグラスに入れて、ウィスキーを注ぐ。


「また、人が持ってきた遺物アンティークを酒の肴にするつもりか?」


「当ったり前じゃ! お前さんが持ってくるショボい物を笑うのがワシの生きがいじゃからなぁ! グッハッハ!」


「ったく、本当に嫌な性格してるぜ」


 無意識に溜息を吐き出しながら、背負っていたリュックサックを床に降ろし、戦利品の入った革袋をヒロ爺に渡す。


「うむ、どれどれ······?」


 革袋の中から最初に取り出された物は、さらに小さな革袋だった。


 結ばれた紐を解き、中身に入っていた白い粒をカウンターの上に広げる。


「まぁーた、火吐きトカゲの発炎牙か」


 その中の一粒をピンセットで摘み上げ、目を細くして見つめる。


「悪いかよ? 金になる物だったら何でも持ってくるさ」


「まったく、外地から来た観光客向けのライターにしかならんぞ······」


 ぶつくさ言いながら煙草を口に加えると、胸ポケットから銀色のライターを取り出される。


 小さなレバーを押すと、発炎牙に被せてある蓋が開き、その蓋との摩擦で着火する仕掛けの物だ。


「わざわざ三日かけて六層にある岩石地帯まで行って、一つ百五十サウスにしかならん物を、普通の探索者サーチャーなら取りに行かんぞ? 合同のパーティでも組みゃあ、見習いのお前でも大物取りに参加できるだろうによ」


 吐き出される煙に咽そうになるのをどうにか堪える。


「べ、別に良いだろ俺は見習いなんだから。しかも、パーティーを組むと付き合いで深くまで潜らないといけなくなる。帰りが遅いとあいつらも心配するし、それに······」


「ふん、協会の孤児狩りか?」


「······あぁ、弟達はまだ小さいからな。あいつらに見つかって襲われたら、まず助からない」


「おめぇさんが居りゃあ、絶対に助かるって保障が有るわけでもねえだろうよ?」


 カウンターに肘を付き、顎髭を撫でるヒロ爺は呆れた口調で聞いてくる。


「そりゃそうだがよ。ずっとスラム街で生きてきたんだ。俺が居れば、ある程度の事はカバーできる」


 溜息交じりに煙が吐き出される。


 煙草を片手に持ちながら、器用にピンセットで牙を並べて個数を数え終えたようだ。


「そうかい······発炎牙は全部で六十九個じゃな」


「七十一個だ。爺がガキからガメようとすんじゃねえよ」


「丁度、使っておる物が擦り切れそうでな。二つくらい別に良かろう?」


「良くねえよ。こっちは兄弟八人を養ってるんだぞ? それに、ライターを一つ三千サウスで売ってんのしってんだからな。寧ろ、牙の買い取り単価上げろよ」


「分かっとらんのう。その他の部品代と、加工代、人件費に店代が掛かるんじゃから当たり前じゃ。本来、ギルドに所属しておる者は、収入の三割を運営費として納めるのが習わしじゃぞ?」


 痛い所を突かれ、言い返す言葉が浮かばない。


「う、それは······」


「ふん、半人前が大きな口を叩くでない。他は······犀竜サイリュウの鱗が4枚、肋骨が三本。大方、五層辺りで他のパーティが持ち帰れずに放置したものをハイエナしたんじゃろう?」


「うっ······」


 爺さんの名推理に胃が収縮するのが分かる。


「五層と言う事は······お、あったあった」


 取り出されたのは、スライド式の蓋が付いた木箱だった。


 固定用の紐を解き、蓋がスルリと開けられる。


「ほーう、良い乾き具合に仕上がっとるじゃないか」


 中身は五層で採集し、六層で乾燥させた煙草の葉だ。


 今の時代、天然の煙草を吸う者は珍しい······らしい。


 爺の話では、人工的に身体に無害な煙草が開発されてからは、吸う者がめっきり減ってしまったのだそうだ。


 それに、外で吸うと捕まってしまうともボヤいていた。


 つまり、これは爺から金を得るために取ってきた物で、所謂いわゆるお使いである。


 煙草の木は爺が昔、隠れて五層に植えた物と言っていた。


「そのほかは······遺物か」


 一般に遺物と呼ばれる物は、大きく二つに分類される。


 一つ目は、ディーオス内に生息する生物や植物からとれる、生体遺物せいたいいぶつ


 何故、生物が遺物と呼ばれているのかと言うと、彼らが生きた化石であるからである。アンティークと呼べなくはないが、ほとんどの探索者サーチャーは素材と呼んで分別している。


 二つ目は、かつて、ディーオス内で繁栄していたであろう知的生命体が残した、遺物アンティーク


 発掘されても謎の物は多いが、言えることは一つ。


 彼らは、地球上にいる現生人類より遥かに進んだ科学技術と魔法技術を持っていたということ。


 実際に科学分野では、三百カラットのロンズデーライト、半重力発生装置、物質転送装置、放射能除去装置などが発見されている。


 魔法分野では、炎剣、雷の鞭、賢者の石、空泳の翼冠などが有名どころだ。

 

「残念じゃがガラクタしかないのう。魔力を流し込んでも反応せん。ただの鉄クズじゃな」


「そうか······金属部分だけでも金にならないか?」


 この問いに、ヒロ爺は首を横に振って答える。


「珍しい金属は使われておらん。それに、すでに複製に成功しておる種類じゃな」

 

 新種の金属でないことは分かっていたが、微かな希望のせいで落胆してしまう。


「で、全部で幾らになりそうだ?」


「そうじゃな······これまで溜めた鉄クズも含めて、全部で四万二〇〇〇サウスで引き取ろうかの」


 ハイエナした犀竜のおかげで普段の収入を大幅に越える事ができ、安堵の息が漏れる。


 本来の相場では四万が良いとこだが、今回は、溜め続けてきた鉄クズを爺さんが持つルートで売ってくれるらしく、その分の金が上乗せされていた。


「じゃあ、それで頼む」


「うむ。今、金を出すから待っておれ」


 そう言うとヒロ爺は、カウンターの隅に置かれているレジスターを開けて金を数え始める。


「あ、そういやこんなの作ったんだが食うか?」


「なんじゃ?」


 リュックから石竜の燻製干し肉を取り出して、カウンターの上に置く。


「石竜の肉を食えねえかなと思ってさ、トカゲ取りしながらずっと火の上でいぶしながら干してたんだ」


「ほう、石竜の燻製肉か。流石のワシでも、あやつを食おうと思ったことはなかったのう。水が抜けてビーフジャーキーみたいになっておる。後で、酒の肴にでもさせて貰うとするかの」


「おう、そうしてくれ」


 革製のトレイに乗せた金がこちら側のカウンターに置かれたので、それを受け取る。


「次の出発前に、装備の補充に寄るよ」


「ふん、ここはいつでも開いておる。お前さんの好きにせんか」


 そう言って灰皿に置いていた煙草を深く吸うと、吸う部分が無くなったのか灰皿に押し付けて火を揉み消したのだった。


 用が済んだら、さっさと帰るに限る。でないと、いつもの昔話が始まるからだ。


 空になった革袋を受け取って、リュックを背負う。


「またなヒロ爺! 年なんだから飲みすぎんなよ!」


「ふん、お前に心配されるほど落ちぶれとらんわい」


「何言ってんだよ、自称三百歳だって言い張ってるくせに」


「良いかミナトよ、人間は歳ではない。肉体が全てなんじゃ!」


「はいはい分かったよ、そんじゃあな!」


 憎まれ口を交えつつ、俺はギルド兼買取所であるヒロ爺の店を後にしたのだった。



またのお越しをお待ちしております(*´ω`*)

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