第十一話【オートマタ】
第五層の境層、火吹きトカゲを狩るのによく利用していた六層にも追手の姿は無かった。
ここまでは慣れ親しんだ層だったが、ここから先の層に足を踏み込むのは昔のギルドに居た時以来だ。
ディーオスの層には連続性がある。しかし、七層は例外だ。徐々に乾燥に向かっていた環境が突然変化する。
境層を抜けるとジメジメとした空気が肌に纏わりつく感触が懐かしい。あの頃は背負う者などなかった。今は背負う者を失ってきたのだから、これは皮肉にしてはよくできた話だ。
湿度が高いだけあって、道を外れると草木が鬱蒼としている。ここは大型肉食獣や草食獣多く生息し、毛皮や牙、爪、角を狙うハンターのパーティがよく狩場にしている層だ。
「アレク達とよく来たな・・・」
アレク達が狩場にしているのは七層から十層だが、基本的には七層は通過するだけで八層から十層が主な狩場だった。
理由は七層の東にある森には怪物が居るという噂があるからだ。実際に面白半分で入った人間が戻らないという記録がいくつも残っている。さらに、協会も近づかないように警告を出している。
一年のほとんどが霧に覆われていることもあり、不気味さも相まって敬遠される理由の一つだろう。
一時間半程走ったところで八層の入り口が見えてきた。車を止めて木の陰から望遠鏡で様子をうかがうと、境層の入り口から丁度少人数のパーティが出てきたところだった。
地下からの出てきたということは、地上へと帰還しようとしているパーティだろう。時刻的にまもなく日が沈む。セオリーとしてはここで仮拠点を作って野営に入るのが普通だ。
「ちっ、厄介だな・・・」
装甲車を持っているということはターミナル端末を持っており、俺の情報が伝わっている可能性が高いということだ。
暗くなりしだい、闇夜に紛れて奇襲をかけて眠らせるかと考えたその時だった。
「・・・アレク?」
野営の準備を始めた者達の中にアレクの姿を見つけた。まさに行幸とはこのことだ。アレクは信用できる奴で事情を理解してくれるだろう。
そうと決まればさっさと進むに限る。車両に乗り込んでアクセルを踏んで境層へと急ぐ。
野営しているパーティとすれ違ったり野営地が近い時は、互いに挨拶するのがマナーだ。
これは互いに敵意が無いことを示すとともに、互いの所属を明確にすることで諍いを防ぐという目的がある。
監視の目がなく、法が通用しない地下での生きる知恵である。逆にソロで行動する場合はパーティに極力近づかない。何故なら、殺されようが略奪されようが証明のしようがないからだ。
車の接近に気がついたのだろう。野営地の設営をしていた者のうちの一人が近づいてきた。それはアレクだった。
「どーも、うちはドッグスってギルドだけど、そちらさんもここで拠点張る感じかな?」
「俺だ・・・アレク」
アレクは一瞬何が起きたのか分からないという様子を見せ、目を見開いた。
「お、お前、何やらかしたんだよ。非常用の伝播帯の無線なんて初めて聞いたぞ、それにターミナルにお前の手配書回ってきてる」
「やっぱそうだよな」
「そうだよなって、お前無線聞いてないのかよ?」
「通信機器は発信機が付いてるだろうから壊した。そんなことより、俺はどうしても地下を目指さなきゃいけないんだ。通してくれないか」
俺の頼みにアレクは頭を抱える。
「無理だ、そんなことやってバレちまったら俺が殺される。お前の首にいくらかかってると思ってんだ生け捕りで一億だぞ、一億」
予想外の大金に思わず息を飲んだ。たまに懸賞金をかけられる奴は出るが殺しで百万、協会批判のためにテロを起こしても一千万サウスが良いところだ。一億など破格にもほどがある。
「一億? おい、冗談だろ?」
「こんな時に冗談なんて言うかよ! 正面から境層に突っ込もうなんて考えるなよ、いつでも罠が展開できるようにしてある。俺が叫んだら全力で逃げろ、しばらくこの層でほとぼりが冷めるまで潜むんだ、良いな?」
「お前は良いのか? 俺の首一つで一億だぜ?」
アレクはこの問いに笑って答えた。
「一億なんてはした金で兄弟を売れるかよ」
「おい馬鹿、何やって」
アレクは腰に差した銃を抜くと、躊躇なく自分の腕に向けて引き金を引いた。硝煙の香りが鼻に突く。
「ぐあぁぁぁ! 手配書のあいつだっ! 撃ってきやがった!」
銃声と叫び声によってアレクのパーティの仲間が怒号とともに武器を手に車両に乗り込み始めた。
「かすらせただけだから、心配すんな。さっさと行け!」
「悪い!」
「また会おうぜ、ミナト」
アクセルを全力で踏み、ハンドルを切って藪の中へ突っ込む。
「ちっ、もう追い付いてきたか・・・」
普段から乗っている技術の差だろう。こっちは木々の合間を縫うので必死なのに、あっという間に距離を詰められる。
「止まれ! 当てんぞ!」
後方から怒号が轟き、乾いた発砲音が聞こえる。
確かアレクは言っていた。俺は生け捕りで一億の懸賞金がかかっていると。つまり、生け捕りでなくてはならないのだ。故に銃弾がこちらに飛んでくることは無いだろう。気を付けるべきは後輪に銃弾が命中させないことだ。
森の中を走り始めて十数分。夜の森の中を木々をよけながら進むのは精神がすり減ってしょうがなかった。
「おい、戻れ! そっちに行くな!」
後方から戻るように言われるがそんなことできるわけがない。だが、その声を最後に追うのを諦めたのかバックミラーに映るライトは小さくなっていった。
しばらく車を走らせると森を抜けて、川沿いに出ることができた。石だらけで揺れるが、木をよけながら進むのより数倍マシだ。
ライトで照らして川底の石が見えたため、深さはそれほどなく、大型の水生生物は居なさそうだった。
「ふぅ・・・今日はここで寝るか・・・」
あの様子では境層の警備はすさまじく固いものとなるだろう。車両を捨てればどうにかなるだろうか。だが物資を乗せこれだけの速度で進めることを考えると惜しい。
車を捨てたところで物資は運ばなくてはならない。必要最低限の荷物を持つだけでも動きに相当な制限を受けることになる。アレクが言った通り、ほとぼりが冷めるまで潜むのが正解なのだろう。
そんな思考がグルグル回り、積み重なった疲労が瞼を閉じさせようとしたその時だった。
「・・・なんだ?」
地響きが車両を揺らした。断続的に続くそれが生き物の歩調である事に気が付くまでにそれ程の時間はかからなかった。足音と共にガチガチと金属を打ち鳴らすような音が次第に近づいてくる。
「・・・っ!」
周囲は暗く何も見えない。だが草木を踏む音が聞こえ、さらに足音の大きさを考えるともうすぐそばにいるのは間違いない。
このまま息を殺して動かずに居るべきか、それとも今すぐエンジンをかけて逃げるべきか。だがもう遅かった。
対策を考えようとしたその瞬間、凄まじい衝撃と共に浮遊感が襲った。車体はどうにか横転することなく川の中に着地する。
赤い光。金属音。話に聞いたことがあった。
「古代機械生命・・・なんでこんな浅いところに」
それは二十層以下で確認されている存在。特徴は堅牢堅固。並大抵の攻撃ではビクともしない。例えブレイバーであろうとも下手に手を出さないという話だ。
エンジンをかけてアクセルを強く踏む。どうやらあの衝撃でも壊れてはいないらしい。
川を下る。どこに繋がっているかは分からないが、後ろから追ってくるオートマタから逃げなくてはならないのだから仕方がない。
境層の入り口から考えて自分が今どこに居るのかを考える。
「・・・くっそ、ここが」
さっきは逃げ切れた高揚感で考えることすらしなかったが、今更ながら自分の過ちに気づいた。
「東の森か・・・!」
ということは、後方から追ってくるのは噂の化け物というわけだ。徐々に大きくなっていく振動に合わせて、心臓の鼓動も大きくなっていく。
焦り、恐怖、疲労、それらが全て合わさった時に良いことが起こるわけがない。注意力が散漫になっていたのだろう。悪いことは重なるものである。
「うわぁあ!」
続いていると思っていた川が突然途切れ、再び浮遊感が襲った。そして数瞬の後に衝撃と共に浅い川の中に着地して横転した。
飛びそうになった意識をどうにか繋ぎ止め、車からどうにか這い出る。水が落ちる音が聞こえるということは数メートルの崖があったということだろう。
横転した車のライトに照らされるオートマタの姿は、子供の頃にヒロ爺の店で読んだ図鑑に書いてあった恐竜そっくりだった。
「はぁ、はぁ・・・」
ヒロ爺との約束も守れない。アレクの優しさも無駄にしてしまう。そんな情けない自分が嫌でしょうがない。
「そこをどけ鉄屑野郎! 俺の邪魔すんならスクラップにすんぞ!」
開かれた口に並ぶ鋼鉄の牙、腕の先には鋭い鋼鉄の爪。そのどれよりも矮小で貧弱なナイフを抜き構える。
「纏え、ウィング・メイル!」
風の障壁が全身を包むと同時に駆け出す。先手必勝、逃げるなど選択肢にはない。車より速い脚力は加護の行使でどうにかなるかもしれないが、的確に暗闇で俺を狙ってくる奴の挙動からして熱感知がついているのだから完全に逃げ切るのは難しいからだ。
逃げ切れたところで道具は車の中。逃げ切った先で獣に襲われてはどうしようもない。ならばじり貧になる前に先手を取るに限る。
オートマタならば俺という存在を感知するカメラなりセンサーがあるはず。そこをつぶせば倒せずとも勝てるはずだ。
こちらの動きに反応し、喰らいつきが迫る。しかし頭が下がったのは好機と牙を跳躍して回避し、頭に飛び乗って光る目の片方にナイフの柄を振り下ろした。しかし、傷一つ付けることができない。
その時、オートマタが首を左右に振ってこちらを落としにかかった。下手に耐えて悪い体勢で地面に叩きつけられる前に離れようとした。しかし、これが失敗だった。
飛び降りたその瞬間、オートマタは身体を回転させ、尾による一撃を貰ってしまった。
凄まじい遠心力による暴力。身に纏っていた風の障壁などものともせず身体は簡単に吹き飛ばされる。滝つぼの上を跳ね、流水の壁を突き破った先にある岩の壁に叩きつけられた。
風の障壁で衝撃を和らげ、ある程度の深さがある滝つぼに一度落ちたおかげでどうにか一命をとりとめたが、壁に背を預けて立ち上がるのが精一杯だった。
オートマタはこちらの場所が見えているといった様子で近づいてくるのが水越しに分かる。迫りくる鋼鉄の顎の気配に、ここまでかと覚悟を決めたその時だった。
突然背中を預けていた岩が崩れた。
「は?」
支えを失った身体は真っ逆さまに暗闇の中へと落ちていく。今日何度目か分からない浮遊感の中で俺の意識は途絶えたのだった。