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第十話【煙草の葉】


 一時間程で装甲車の運転にも慣れてきた。荒れた道であるため車が跳ねるたびに、心臓が高鳴ってしまうのも果たして慣れるものなのであろうか?


 ディーオス内は十層までであれば、車両が通れる道がある。


 とは言ったものの、通りやすい場所を何度も車両が通ったことで出来たものだ。


「こいつあ良いや。一度にたくさんの物が運べるし、歩くより何十倍も速く先に進める」


 この車両はディーオス内での活動に最適化されている。地上では予備燃料であるガソリンを使うが、地下では苔が生成する魔素を取り込み、燃焼させてエンジンを駆動させている······らしい。


 これは見習い仲間のアレクからの受け売りである。


 機械いじりが好きなアレクは、よくギルドのベテラン探索者が所有する装甲車の整備を手伝っていた。


 あと半刻もすれば、五層への境層に到着する。


 四層は穏やかな丘陵地帯。五層から徐々に乾燥し始め、六層は火吐きトカゲが生息する岩石地帯となる。


 この層で水を補給するつもりだったが、車両内に水の入った四つのタンクがあったため、その必要が無くなってしまった。


 その内の一つは境層で獣除けを焚いて放置してきた三人に残してきたが、このペースで進むことができれば水補給のポイントを何カ所か飛ばして十三層の永久凍土まで持たせることができるだろう。


 現在居る階層で気を付けるべきは数種類の大型肉食獣。だが、それはあくまで普段での話。装甲車に乗っている今、警戒すべきは突進による強烈な一撃でこの車両を横転させる可能性がある犀竜のみ。


 犀竜は流れが緩やかな水辺で生物である。四半期に一度の訪れる繁殖期以外を単体で過ごすが、普通の生物と違って同種間の縄張り意識が強い訳ではないため、エサが不足しない限り水辺を離れることもなければ、同種同士が争う事もない至って温厚な生物であるのだが、危害を加える者には徹底的に抵抗し、過去に人に危害を加えられた個体と出くわし、命を落とす者もたまに居たりする。


 巨大な身体もさることながら、全身を鉄並みの強度を誇る鱗で覆われているため、大抵の場合はソロの狩猟者に狙われることはない。ベテランなら五人、見習いで十人以上で狩るのが通例である。


 見習いになったばかりの頃は、この四層に入るのが怖かった。


 三層には居なかった人をも喰らう肉食獣への恐怖。


 身を守る壁もなく迎える夜は、鼓動が酷く高鳴った。


 それを静めてくれたのは、帰る度にサクラが砥いでくれたナイフだった。俺はそれを胸に抱く事でようやく眠ることができたのだ。


 それは今でも変わらない。


「サクラ······」


 ずっと一緒だった。いや、ずっと一緒だと漠然と思っていたんだ。


 初めてサクラと出会ったのは、アレクと一緒に悪徳ギルドに移ったすぐの頃で、俺が九歳、サクラは六歳だった。


 ボロボロの服を着ているサクラは、ディーオスの広場にある噴水の前で両親に待っているようにと言われて三日間待っていたらしい。そして倒れていたところを、通りかかった地下から帰還した部隊が発見して連れてこられたそうだ。


 一年くらいは掃除や荷運びといった雑用を一緒にやっていたが、俺が十になった頃から地下に連れてかれて雑用を任されるようになった。


 それと同じ頃に、どんなになまくらな刃物であろうと、その手で砥いだ刃の切れ味を業物のように変えてしまう、砥ぎ師の加護をサクラが持っていることが判明して武器の整備を任されるようになっていった。


 だから、大人に連れられて狩場で荷物持ちや雑用して帰ると、サクラはずっと砥石の前に座って武器の手入れをしていたのを覚えている。


 加護を行使するということは当然、魔力を消費する。魔力は体力や気力といった生命力と直結しているせいで、疲弊したサクラはよく熱を出して寝込んでいた。


 それでもギルドにはいくつもの隊があって、それらが次々と帰還しては整備を押し付けるせいで休む暇がなかったサクラはついに倒れてしまった。それでも休むことは許されなかった。


 加護を持つ貴重な存在が居なくなっては困るはずなのに、大切にされることなくこのよ

うな扱いを受ける理由を俺は知っていた。命がけの環境で自分だけでも生き残りたい。その自分勝手なエゴによってサクラが酷使され続けるのである。


 日を重ねるごとにボロボロになっていき、整備を任されるようになって一年もたたずにサクラは痩せて酷くやつれてしまった。そんな姿を見てられず、俺はサクラを殺すことにした。


 そうと決めてからは地上にいる時は毎日、聞き入れられないと分かっていてもギルドの長である団長の下に行って、魔力の使い過ぎでサクラの体調が良くないから休ませてくれと頼みにいった。そして一ヵ月が過ぎたのを見計らって、サクラを起こしに行ったら死ん

でいたと伝えた。


 毎回ゴミくずを見るような目で俺を見る団長は「捨ててこい」とだけ言って酒の席に戻ってしまった。


 所詮、俺たち見習いは使い捨ての道具でしかない。そんなことわかっている。それでも、悔しいことに変わりはなかった。


 サクラを背負い、ヒロ爺の下に行って助けを懇願した。


『ガキが、一丁前いっちょまえに女を連れて帰って来たかと思えば、乞食の真似事か?』


 ヒロ爺はクツクツ笑いながら煙草の煙を吐き出して、俺にこう言ったのを覚えている。


『まぁ、女のために下げれる頭を持ってんなら、男として及第点ぐらいくれてやらんでもない』


 そう言って、ヒロ爺は俺とサクラを助けてくれた。


 その後、共同溝の中は比較的安全で、特に錬金術師の区画は誰も寄り付かないことをヒロ爺に教えてもらい、俺たちの穴蔵生活が始まった。


 そしていつの間にか、兄弟たちが増えていった。


 俺は楽しかったんだ。貧しくても皆と一緒にいるだけでよかったんだ。地下から帰った時に「おかえり」と言ってくれる人が居てくれる。たったそれだけで良かったはずなのに。


 刻まれた思い出が、行き場を失った願いが、ぐるぐると脳裏をめぐり続ける。


 気が付けば四層から五層へと繋がる境層が目視できる距離まで近づいてきていた。


 車を止めて双眼鏡で境層の入口を確認したが、どうやらまだ封鎖はされていないらしい。

最悪、強行突破と考えていたが、どうやらその必要はなさそうだった。


 五層ではやらなくてはならないことがあるため、急がなくてはならない。アクセルを踏む足にさらに力を込めて車の速度を上げる。


 境層内での待ち伏せもなく、無事に通り抜けることができた。

 乾燥気味であるはずの五層に降りると、珍しく雨が降っていた。


 だいたい二週間から一ヵ月に一度、光苔が溜め込んだ水分が放出されることで雨が降る。


「くそ、タイミングが悪いな」


 やらなくてはならない事とは、ヒロ爺から頼まれていた煙草の回収だ。ディーオスの中で煙草はヒロ爺が勝手に植えて自生してしまったものしかないため、この第五層で回収しなくてはならない。


 雨に濡れると乾燥が手間になるため、勘弁してほしいものだ。


 煙草の群生地に到着し、早速作業に取り掛かる。

 タバコという植物にはニコチンというものが含まれていて、上側の葉っぱに多く含まれているそうだ。


 一見、木にも見えなくもないが、幹が太いだけの草であるため、半分より上をナイフで切り落とせば良い。


 乾燥は十五層以降にあるという砂漠層で行えば良いだろう。


 車の中に収穫した煙草の葉を積み、再びエンジンをかける。


「クソ、けっこう濡れちまったな」


 雨が止んだら窓を開け、風を入れて乾かそう。今は下へ向かわなくてはならない。アクセルを強く踏んで先を急いだ。



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