休日の時間
図書館とは何と素晴らしいのだろうか。
無料で、かつ空調は整い静寂が約束されている。
多数多様な書物を読む事が出来、最新の雑誌で流行もばっちりだ。
ああ、そして忘れてはならないこのインクの香り。
(表現としてオブラートに包むならば、整腸作用にとても良いという事だろうか。)
ただより怖いものはない、というが知識の宝庫、知的好奇心を満たし
そして様々な恩寵を賜ることのできるこの素晴らしき空間のただを怖がることはないだろう。
間接的に言うなれば、税金という形できちんと還元している筈だ。多分。メイビー。
まあ図書館が素晴らしいということに問題はないのだ。
いくつか借りたい本の目星をつけ、借り受けた冊子を鞄にしまい図書館を出る。
家へと帰る途中の商店街は、それなりに活気に満ち休日の昼頃という事もあり
食欲をそそる香りが、あちらこちらから立ち上っている。
目に付いたパン屋で適当な惣菜パンを買い込み、満足げな表情を浮かべる。
そのパン屋では人気のカレーソーセージパンは売り切れてしまう事が多いのだ。
だが休日、しかも少し早めの時間だったことからその素晴らしいパンを購入するに至った。
ああ、今日は何と素晴らしき日なのだろうか。
読みたかった本は図書館に既に入っていて、運よく先に借りている人間もいなかった。
道行く間も騒がしい事もなく、熱すぎるわけでも寒すぎるわけでもなく
心地よく肌を撫でる涼風が時折吹き抜ける。
暑さ対策か、近所のそばやが道に打ち水をしている。
そこまで気温はあがらないと思うが、それもまた風流。よいではないか。
ご機嫌、そういってまず間違いない。
そしてこの町は少し足を延ばせば岬が見通せる簡易公園があるのだ。
そこで先ほど購入したパンを食べてゆっくりしよう。
とてもよい考えだ。そう思うと自然と足取りも軽やかになだらかな坂も苦にならずに歩いて行ける。
たどり着いた公園には子供たちの姿はない。
きっと昼時故に皆家に帰っているのだろう。込み合う前にたどり着けてよかったとまたもやにんまり。
とはいえ先客がいないわけではなかった。
「あれ…ホリちゃん…?」
ホリちゃんとは本名は堀江ゆかりと言い、自分から話しかける事もある数少ない友人と
自分から宣言してはばからない人物だ。
「あ、え、かやのん?」
声につられて振り返った彼女の目元は赤くなり、木漏れ日の元にあるベンチに座っているとはいえ
目元の涙が輝いて、頬に涙の筋が残っているのが遠目からでもわかってしまった。
何より、彼女の声は頼り投げにゆらゆらと揺れていたのだ。
こんな場面に出会うとは心から思っておらず、パンの紙袋を抱えたまま
特に目的もなく視線をあちこちへと飛ばしてしまう。友人が泣いている。何か気の利いた一言を。
「やだなぁもう。人こないと思ってたのに、よりによってかやのんがきちゃうんだからぁ。」
あはは、とわかりきった乾いた笑いで話しかけてきたホリちゃんは
目元を手にぎゅっと握りしめていたらしいタオルハンカチでぐいぐいとぬぐっていく。
「や!見苦しいとこみせちゃったねー!きっにしないでー!ちょっとね!」
いつも通りとばかりに、さっさと顔をぬぐうとベンチから立ち上がり仁王立ちで笑って見せる。
そんな彼女の気遣いに申し訳なく思いつつも
「ホリちゃん、隣、いいかな?」
「ん、だいじょぶだいじょぶ。おっけーおっけー!」
近づいていき、二人で静かにベンチに腰掛ける。
木漏れ日のちらちらとした光と、吹き抜ける潮の香を乗せた涼やかな風。
二人で少しぼんやりとしていて、そんな時にぽつぽつとホリちゃんは話し出す。
「あのねえ……前、かやのんに話してたセンパイいるじゃん?」
「あー…バスケ部、だっけ?の?」
辛うじて覚えていた部活、だが人となりや顔は覚えていない。
そして茅野自身はすっかり記憶のかなただが、彼女がぼっきぼきに心を負った鼻毛男君こと小見川君の事だった。
「私ね、告白したの。」
「…うん。」
「結構さー!私なりに真面目にさー、前日からなんて言おうかって考えてさー」
「……うん。」
「部活の時も男女共同の時は色々教えてくれてたし、名前も覚えてくれてたし…」
「………うん。」
「……頑張ったんだよぉ…。先輩が…好きな髪の毛が黒髪って聞いて戻したくらい。」
「……。」
「でもね、…ダメだった!気になるコがいるんだって!たははー!ずーっとみてたのに気が付かなかった!
彼女の影もなくて部活で一生懸命で、優しくて、後輩思いで。ずっと見てたつもりだったのに。
好きな子……気になる子…いるんだってぇ。……何で…気づかなかったかなぁ?」
にこにこと笑顔で話していたのに、ホリちゃんの目には見る間に涙がどんどん溢れてきて
最後には泣き笑いになっていた。
やっちゃったなぁ、恥ずかしいなぁなんて言っているホリちゃんに、パン屋の紙袋をあさると
幸い入っていたのは彼女が大好きなアニマルモチーフのスイーツパン。
「我慢、しなくていいよ。」
差し出しながら、彼女の瞳をしっかりと見ながら答える。
彼女はひきつっていた笑顔で、それでもしっかりとこちらを見ていたが
パンと自分の目を交互に見た後に。涙腺は決壊した。
パンを受け取って。上を仰ぐようにして声を上げて泣き出してしまった。
「…失恋…いったいよぉ……!!!」
泣きすぎてしまったのか、熱をもってカスレ始めた声でそうつぶやいた彼女が泣き止むまで
二人はただ木漏れ日を落とす木の葉の揺らぎを見ていた。
暫くしてから落ち着いた彼女と昼食に、という事で結構な量買い占めていたパンを分け合い
自分もごちそうであるカレーソーセージパンを取り出す。
ソーセージを仕込んでいるとはいえ半分にきってハート型に形成されており
ぱりっぱりの衣がそのソーセージとチーズ、カレーを包んでいる。
むふふ、と笑みがこぼれそうになりながら、最後のしまいにととっておいたパンを手に取る。
「かやのん、それよく買えたねー」
「まあ、ラッキーだった…かな…」
顔を見合わせて今は笑いあえる。よかった。友人のそばにいられて。
…と思った矢先であった。
何かがシュンッと視界を横切ったと思ったら手の中のパンは無残に真っ二つに引き裂かれていた。
見事にハートは真っ二つだ。
犯人は海から飛んできたカモメか何かのようだ。
衝撃と、衝撃と、衝撃と。
ああ愛しいカレーソーセージパン。友人との楽しいランチ。
それが…ああ…。ふぅっと気が遠のいていくのを感じる。
「ちょ、かやのおおおおおおおおおおおおおおおん!!」
ホリちゃんの慌てる声がするが、その声が笑いを含んでいるのは聞いていてわかる。
全く、なんてこった。でも…しょうがないか。
これでこのシリーズは一度終了です。
また後日この人々で第二シリーズを開始すると思いますが、ここまでお読み頂きありがとうございます。




