石式
石式
校長から紹介されるまで、気づかなかった生徒が大半だっただろう。朝礼台の横に立っていたスーツ姿の若い男のことだ。
学期途中の何でもない時期とあっては、皆に緊張感が欠けているのも無理はない。名前、そして新任の教師であるということが告げられたのだが、状況に大した変化はなかった。せいぜいのところ、生徒としての義務感に僅かばかりの好奇心を混ぜた視線が、控えめに向けられただけ。そして、少なからぬ生徒は、紹介前と同様、何の関心も払おうとしなかった。不真面目といえばそうだが、ここのようなありきたりの公立中学校にとって、ごく普通の現象だといえた。
男は、地味なスーツを着ていた。体つきは滑らかで、色白の肌とあわせ、中性的な雰囲気を持っていた。他には、人目を引くような要素は見あたらない。ただ一カ所、どう見ても浮き立っている作り物のような頭部を除いては。
中学生が、それを見逃すはずはなかった。
「あの先生って、〝ヅラ〟じゃねえの?」
誰かが言った。小声ではあったものの、すぐ近くの別の生徒に伝わる程度にははっきりしていた。
「カツラなんだって」
「ホントだ」
「むしろ帽子って言わない? 人形の頭みたいだし」
たちまち、ひそひそ声の波紋が広がっていく。最前列にも達した頃には、もうこの場全体のざわめきとなっていた。列に並ぶ教師たちの表情にもとまどいが見える。だが、当の本人はいたって平然としていた。
やがて壇上から校長の咳払いがあり、ざわめきは一瞬で静まった。動と静のその対比が、今話題になった事実を強調するかのように作用し、朝礼台はようやく全生徒の共通の関心事となった。
視線がようやく集中するようになった中、校長に促され、新任教師は教壇に向かって歩き出した。
Kは、2年になる男子生徒である。彼もまた、朝礼台を視ている群衆の一員だった。とはいえ、他の生徒たちとは少し事情が違っていた。最初から新任教師の存在に気づいていたのだ。
元々Kの注意力には、人と違う所がある。その視野が、優先的に〝全体〟を向くのである。多くの人は、スポット的にものを視る。全体を視ているといっても、実際には対象となるスポットがその都度右へ左へと遷移するだけだ。だがKの場合はそうではない。特にどこかを注目するということはなく、場そのものを離れたままの視点で眺めるのだ。このような態度は何かと誤解を受けがちで、教師からは「ぼんやりするな!」とよく注意されていた。だが、K自身としては別にそんなつもりはない。意識の焦点距離がちょっと広角寄りになっている、そう自覚している。近づいて細部を見るよりも、一歩下がって全体としての調和を見る方が好きなのだ。紹介以前から新任教師に気づいていたのも、そんな事情からであった。
ざわめきが静まった今では、場にいる全員が彼に注目している。自身とようやく条件がそろったということになろう。だがKは、言いようのない違和感を感じ始めていた。
目の前にあるのは、朝礼の光景である。しずしずと歩いている、新任教師。新顔とはいえ、つい先ほどまで、見慣れたいつもの朝礼風景の中に追加された一要素に過ぎなかった。つまり〝追加された〟という形において、風景に溶け込んでいた。だが、今は違う。先ほどまで確固として存在していた調和は既に大きく崩れ、押さえつけようにもどうにもならない、浮き上がるようなそぐわなさを放ち始めているのだ。
どれほどの間もなく、新任教師は壇上の人となった。Kはいつもとは逆に、自分の注意力を集中させた。
若いことは若いようだ。ただ、こういう人間にありがちな気負いの類は見あたらない。背筋は棒が入っているようにぴんと伸びているが、これにしても、緊張してそうなっているというわけではなさそうだ。あらためて見ると、色の白さは際だっている。〝青白い〟と形容できそうだ。ほとんど陽に当たったことがないのではとも思わせる。そして、皆が真っ先に注目した頭髪。これは確かに不自然な感じだ。七三型の帽子を作り、その表面に髪の毛を貼り付けたかのように見えるのである。
ただ、言ってしまえばそれだけのことだった。問題の頭部にしても、彼という個人に関する違和感であり、場全体の違和感といえるほどのものではなかった。変わったところは見あたらない、そう総括するしかないのである。それでも、違和感そのものは消えようとはしない。
気がつくと、校長の話が続いていた。教師を紹介しているのだが、いつもの説教めいた話と違わず、ほとんど印象に残らないままだ。
ふと、話の断片が突発的に飛び込んできた。
……先生は、たいへん重い障害を持って生まれてきたのです。
障害。Kは心の中で反射的に舌打ちした。
この問題が関係してくると、気分が重くなる。というのも、考えや感じ方が一定の方向でしか許されなくなるからだ。矮小かつ歪んだ精神しか持ち合わせていない障害者だっていくらでもいるだろう。なのに、この前提が絡むと、全てが「立派」で「賞賛すべきもの」とされてしまう。それこそ差別以外の何者でもないというのに、そんな指摘の方が差別だと指さされてしまうのだ。やれやれ……。
だが、その話も長くは続かなかった。校長は後ろに下がり、代わって新任教師が進み出た。そして、ごく穏やかに……不自然なほどに穏やかに、話が始まった。
「こうして、皆さんの前に立てるということに、大きな感慨を感じています。
この時をずっとずっと待ち望んでいました。長い間、これだけを目標にして、いろいろなことに取り組んできたのです。今ようやく現実となり、壇上に上がることができました。
さきほど校長先生のご紹介にもありましたが、私は、障害を持って生まれてきました。それは、皆さんの想像も付かないほどの重いものです。人としてのふつうの生活すら、望むべくもないほどでした。もし、生まれた時点の私を見た人が、〝この子は将来教師として人前に立つだろう〟なんて言ったとしたら、ほら吹き呼ばわりすらしてもらえなかったことでしょう。今こうしていることは、奇跡といっていいほどなんです。
〝なんて大げさな男なんだ〟……そう思われる人もいるかもしれませんね。そう、ごらんの通り、両手両足とも付いていますし、こんな風に、自由に動かすこともできます。目も見えることはもうわかっていると思いますし、耳だって問題ありません。五体は満足なんです。でも、決して大げさなことではないんです。
私の障害は、頭にあります。
ハゲ? それはそうですね。先ほど皆さんが小声で話されたとおり、私はカツラをつけています。ある事情から、頭髪が一本もないものですから。必要であれば、後ほどとってお見せしましょう。ただ、障害といっているのは、頭の表面のことではなく、中身の方です。
中身、つまり脳です。私には脳がないんです」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「無脳症という先天的障害があります。これを持って生まれてくる子供を、無脳児といいます。私は、無脳児でした。もちろん、脳が全てない訳じゃありません。脳幹は備わっています。それに小脳や間脳も。でも、大脳はないんです。
皆さんは中学生ですから、もう人の誕生の過程を習っていますね。受精卵は分割を始め、細かく細かく細胞へと分かれていきます。やがて各部位が形成され、基本的な系統ごとにさらに細かく分化していくことになります。脳も、こうした過程でできあがります。まず神経が発達し、それが脳に分化していくのです。先に作られるのは、生命としての自律機能を司る部分。つまり、脳幹です。それがさらに小脳と間脳に分化していき、大脳が形成されるのは、その後になります。そして無脳症というものは、大脳の形成段階でそれが阻害されてしまったときに起きるのです。
そうなる原因はさまざまです。そして、どの程度なのかも、かなりの個人差があります。脳幹などにも未形成部分があるという場合もあれば、頭蓋は形成されていて、脳の代わりに水が詰まってしまっている場合もあります。私の場合、間脳まではちゃんとしていました。でも、その先が完全になかったんです。わかりやすく言えば、頭がハチまでしか形成されなかったということです。頭蓋骨もそこまで。頭皮は覆っているものの、普通なら脳が収まっている部分が、すぱっと切り落としたようになくなっている訳ですね。生まれた直後の姿は、写真とかビデオとかは残っていないんですけど、たぶんカエルか宇宙人みたいなものだったのでしょう。
さて、無脳児として生まれるということは、通常はたったひとつの運命と直結しています。出生直後に死んでしまうということです。実際、それこそが〝無脳症患者〟といわずに無脳児と呼ぶゆえんです。そう、嬰児のうちに必ず死んでしまうので、成長後の呼び方なんて必要なかったのです。
少し前の時代なら、産まれて来るなりそのまま処分されてしまったでしょう。産院の中でこの種の処置が行われることは、昭和の中頃まで公然の秘密でした。現在ですと、そもそも生まれてくることがありません。出産前の診断で確実に判定できますから、妊娠中絶か人工流産の処置がとられてしまうのです。
でも、ちょうど谷間となる時期に生まれた私は、先輩たちとは全く異なる運命と直面することになりました。研究チームの監視下で、機械につながれて生かされることになったんです。こういうと、病院の集中治療室のようなものを考えられるかもしれません。ケーブルやチューブを体中から生やした状態でベッドに縛り付けられているような姿ですね。でも、実際の私は、それとはだいぶ違います。呼吸は完全に自律ですし、栄養や水分の摂取も胃を通じて行っていました。さらに、運動装置が用意され、身体を動かすことさえ行われました。その目的は、生体としての様々な刺激を与えるということです。脳幹には電極もつけられ、反応の状態がモニターされていました。信号がコンピュータでリアルタイムに計算され、最適な刺激が選択されていたのです。
こうした取り組みの成果として、私の全身は、年齢相応に成長をし続けました。筋肉骨格や内臓、そして脳幹や小脳もです。赤ん坊から幼児へ、さらに少年・若者へと、大脳がないという一点を除いて、順調にできあがっていったのです。
ところがある時、研究チームにとっての一大事が発生しました。〝死〟の法律的な定義が変わってしまったんです。
そもそも、私を生かし続けていたのは、臓器移植の新技術を開発するためでした。昔も今も、移植医療の最大のネックは新鮮な臓器の確保です。それは死体から取り出すわけですけど、心臓や呼吸が停止してしまった時点では、もう傷みが始まってしまいます。そもそも移植したい臓器が心臓や肺だった場合、動かなくなってから取り出しても意味はないわけです。そこで、無脳児をドナーとして確保しようという発想が出てきました。
何しろ、最初から脳がないのですから、人格もなければ意識もありません。生まれつきの死体です。生きてぴんぴんしている死体なのです。もちろん小さな赤ん坊ですが、永く生かし続けておくことができたら、望みのサイズにできるでしょう。それまで処分されてしまっていたものを有効活用することができるわけで、そのための技術を開発するための実験台として、私が選ばれたんです。
私を担当した研究チームは、純技術的には大成功を収めたといえます。脳幹に対して、あたかもそこに大脳があるかのように刺激を与え続け、体全体を健全に成長させるところまで持って行ったのですから。でも、皮肉なものですね。臓器移植のもう一方の取り組みが功を奏し、脳死が法律で正確に定義された結果、脳幹がまだ有効なうちは死ではないということになりました。つまり、〝動き成長し続ける死体〟だったはずの私は、一夜にして〝大脳のない人間〟になってしまったんです。チームの落胆ときたら、それはもうたいへんなものでした。せっかく何年も動かし続けたのに、収穫を目前にしてそれが許されなくなってしまったのですから。
しかし、多額の費用と長い期間をかけた以上、なかったことにするわけにはいきません。そこで研究チームは、新たな研究目的を設定し直したのです。もう、おわかりですね。コンピュータによる、体の制御です。
これも、最初はただの探求でした。矢印の向きはむしろ逆で、体の刺激を受けるなどの様々な状態は、大脳に向けてどんな信号として発信されるのかを調べるというものだったのです。元々反応をモニターするための電極が取り付けたあったのですが、最初のうちはその精度を高めることに目的が置かれました。電極の数は増やされ、また、部位と刺激のバリエーションも拡張されていきました。
やがて、こうした地道な探求が、いくつかの仮説をもたらしました。そして、仮説の検証として逆フィードバックが行われました。元々モニターするだけではなく、ある程度の疑似信号も与えていたのですが、こちらもバリエーションを増やしていったのです。予想通りに機能した面もあれば、そうではなかった面もあります。一つの知見が新たな疑問を増やしても行き、仮説と検証の連鎖はどんどんと膨らんでいきました。それが、ある時を境に収斂へと向かい、統一性のある理論すらも浮かび上がってきました。そして、研究チームの目的ははっきりと「コンピュータの集合体に脳の機能をさせる」という方向を向いたのです。
こうした、個々の取り組みから始まって次第に大きなテーマに統合されていくありかたを、ボトムアップといいます。本件の場合、ボトムアップ式でこう進んだことは、とても重要です。そもそも、コンピュータを脳の代用にするというのは、アイデアとしてあまりに素朴です。どんなに凡庸な作家だって、そんなSF小説などもう書かないでしょう。もしチームの目標を仕切り直す時点でそんな提案があったら、誰も本気にしなかったと思います。
なぜでしょうか。それは、脳とコンピュータでは、仕組みがあまりに違うからです。何しろ脳が行っている仕事は複雑かつ膨大です。そのため、いまだ実用化されていない新技術が完成でもしない限り脳の代用などできないはずだと、科学技術について詳しい人なら、誰もが常識として理解していました。
少しでも学んだ人ならわかることですが、電脳なんて単語が皮肉にしか思えないほど、両者はあまりに違っています。物理的仕組みが全然違いますし、それに伴って情報子の数学的性質も全く異なっています。特に決定的なことがアルゴリズムの必要性でしょう。コンピュータは、あらかじめ解法のわかっている課題だけしか解けません。解法つまりアルゴリズムをプログラムという形で表現し与えておいてやらないと、何もできないのです。また、この結果として、同時に複数の課題を解けないという問題も出てきます。こうした壁を突破するため、古くからいろいろな研究が行われています。たとえば、ニューロコンピュータというアプローチがあります。脳神経のやり方を真似することで、自発的な秩序の形成が行われ、プログラムがなくても課題を解決できるコンピュータになるというものです。しかし、実際に作ってみても、性能的には全然届きません。何かブレイクスルーが必要なはずですが、それが何なのかもわからない、その程度の状態が続いています。
でも、仕組みがどうなのかなんて、ほんとうはどうでも良かったんです。
プロジェクト自体がそうであったように、脳機能を代替するシステムもボトムアップ式で組み上げられました。詳しいことは省きますが、モジュール化という手法が使われています。脳の機能を細かく分解した上で、その個別の機能を担当する小さなシステムとしてのモジュールを作るのです。モジュールは、たくさん同時に動くことで脳全体の役割をもたらしますが、ひとつひとつのそれは、あくまでも従来型のコンピュータです。時折、アセンブリ単位での不具合を起こすこともあって、そんなときは特定の機能が停止してしまいます。脳のように、他の部分が補うというわけにはいかないんです。まあ、全体が止まるようなことはないので、実用的には問題ありません。
研究が方向転換されてからも私の成長は続きました。ただ、〝成長〟の二文字が意味する内容は、だいぶ違ったものです。体全体はDNAが示唆する〝完成予想図〟に沿っていたのですけど、制御機能については、コンピュータのバージョンアップという形で断続的に高度になっていったのです。
冬眠あけのカエル程度だった反応も、次第にレスポンスをあげていきました。モジュールごとに改善され、強化されていったからです。そして、できることの幅も、一つずつ向上していきました。ひとつの入力に対して、通常は多数のモジュールが同時に働きます。互いの連携が最適化されていったことで、全体としての性能は乗数的に向上していったのです。
また、従来型のアーキテクチャを使ったことによるメリットもありました。知識を獲得するスピードです。もし脳神経と同じ方法をとったら、シナプスが強化されるまでにどうしても時間がかかります。でも、私の場合、それがいらないんです。既に記録されている情報なら、新たに学び直す必要はありません。チャンネルをつなぐだけでいいのです。
実は、自分を題材に行われた研究についてこれほど詳しくお話しできる理由も、ここにあります。私は、初期からの膨大なデータにアクセスするチャンネルも持っています。先ほど、産まれた直後の姿はわからないと言いましたが、機械につながれるようになってからの姿は、よく知っているのです。その頃の私は、二十四時間記録され続けていましたから。トレッドミルのような運動器の上でハイハイをしている映像も見ていますし、それがつかまり立ちになって歩き始めるところも知っています。ただ、それらが〝懐かしい〟映像なのかというとちょっと難しいのですが。時間軸の概念は別モジュールの機能として実装されているんですが、アクセスできる記録に対してはそれがかかりません。ですから、人と会った記憶については「今」と「昔」を感覚的に区別できるんですが、アクセス可能な記録に対してはそれがないのです。
最後の関門は、通信速度です。数万にも及ぶモジュールに、ほぼ同時進行で信号を送らなければならないからです。開発が始まった当初は、大きなネックと考えられていたのですが、民生レベルでのデータ通信の発達が、ブレイクスルーをもたらしました。アルゴリズムの改良も加わり、リアルタイムに処理するために必要な、膨大な量の交信が可能となったのです。
さて、こうして皆さんの前にいる理由を、まだお話ししていませんでしたね。このことを最後にお伝えしたいと思います。
研究が進み、実用化水準が近づくにつれ、私に何をさせるのかが論議されるようになってきました。技術に明るくない管理サイドからは、研究など高度な知的活動への期待が表明されました。現実的なところでは、開発部の仕事を計算やデータ評価などでサポートするという案も出されました。他、軍事利用なんて話もあったそうです。様々な議論が行われた結果、こうして学校で教師をすることになりました。
なぜでしょうか。それは、私のような存在には、それにふさわしい活躍場所がある、ということなのです。
たとえば自動車工場の場合、最高の最先端コンピュータを搭載した仕掛けがどこで何を担当しているのかご存じですか? デザインや設計なんてできませんし、経理の手伝いなどさせていたのではもったいない話です。ましてや警備員をさせたりはしませんよね。答えは、スポット溶接です。生産ラインに欠かせない、そして求められる正確さと作業工程の複雑さが高い次元で正比例している、そんな分野です。速度と能力の向上が、より高度な製品のアウトプットに直接貢献できるのです。
人相手の領域でも、同じことが言えます。より高度で正確な作業を行えば、高い水準のアウトプットが期待できるものです。そして、持っている技術が高度で正確なものであるという点で、私はスポット溶接のロボットにも匹敵する存在です。
私は、チャンネルをつなぐだけで、記録された電子情報を瞬時に私自身のものにすることができます。つまり、電子記録として存在している限り、全ての生徒を覚えているということです。ですから、皆さんはもう〝そこのおまえ〟呼ばわりされたり、番号や身体特徴で呼ばれることはありません。また成績や学校内外での活動、家庭状況などにも、瞬時にアクセスできます。そしてこれは大事なことなのですが、何を見ても、決して先入観を持ったりしません。〝陰湿ないじめの加害者だった〟とか〝親が暴力団員で既に卒業した兄は札付きの不良〟といった事実を見ても、私にとっては単なる記録です。そのことで眉をひそめたりはしません。
その一方で、教育のための技術・技能は、完璧に理解しています。これは現在進行形でもあります。最新の情報はもちろん、現在どこかで進行している実験授業の事例も、ほぼリアルタイムに取り込むことができるからです。
おわかりでしょう。私は生徒全員の情報を、〝完全な記憶〟として持ちます。その上、完璧に公平で、感情に流されることも可能性としてすら全くないのです。さらに教育技術という点でも、完璧です。あなたたちに最高の教育を提供することができるのです。
本来は臓器移植技術を開発するために、私は生かされてきました。それは学者の単なる探求心ではなく、社会に役立つという大きな目標の上に構築されたものです。どうやらこれが私の使命なのでしょう。当初の目標は無効になってしまいましたが、新たな動きの先駆けとなるべく、今こうして教師としての道を歩みはじめているのですから。
後から来る後輩たち、その姿はまだはっきりとはしません。私と同じような無脳児かも知れませんし、有機体デバイスではないのかもしれませんが、彼らにとって道標となるような有意義な活動を展開していきたいと思っています」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「ずいぶんと長く皆さんの時間をもらってしまいました。そろそろ終わりにしましょう。最後に質問の時間をとりたいと思うのですが、その前に先取りしておきます。というのも、いつも同じことを訊かれるものですから、先に答えを話してしまおうと思うのです。
たいていの場合、それは二つです。まず、『コンピュータに喜怒哀楽などの人の気持ちがわかるのか』というもの。そしてもう一つは『そもそもあなたは人間なのか』というものです。
順にお話ししましょう。
まず、人の気持ちがわかるのかということです。
思考にせよ認知にせよ、仕組みが違うものですから、いくらかの点で違いがあるのは事実です。気持ち、それは違いの最たるものでしょう。みなさんの脳には人格という機能がありますが、私にはそれはありません。もちろん、人間はどのように行動するのかという規範がソフトウェアに組み込まれていますから、変なことはしませんし、発言などでも統一性が保たれるようになっています。ただ、人格というものはないのです。ですから、他者に自分の人格を投影するということもできません。皆さんは、石と子犬が同じに見えるなんてことはないですよね。私はそうは行かないんです。データベースと照合するまで、結論は留保されるんです。それに、感情というものもありません。自分自身に悲しいとか嬉しいとかいった感情が存在しないので、泣いたり笑ったりしている人を見ても共感することができないのです。つまりは、世界を解釈する仕方が、皆さんとは違っているのです。
でも、理解はしています。自分自身にはありませんが、人格というものを詳細に定義することができますし、それに基づいて一人一人の心理的内面を想定し、個別の最適な対応をとることが可能です。感情もそうです。今こうして話している間も、六十数個のモジュールが同時に稼働していまして、その中には相手の感情を判断するモジュールもあって、発話を管理するモジュールと信号をやりとりしているのです。ですから、皆さんが悲しかったり悔しかったりするときは理解できますし、ふさわしい対応をとることもできます。表情認識技術の進歩のおかげで、今ではかなりのことができます。顔で笑って心で泣くなんていう状態も、きちんと理解できます。私自身にはありませんが、理解はしているのです。
こういうと、新たな不安を持ってしまう人もいるかもしれません。その判断が狂って暴走してしまうようなことはないのか、と。規範はプログラムされたものですから、誰かがコードを書き直せば違うものになってしまいます。そのため、例えば教師である私が一瞬にして殺人鬼になってしまうということも、理屈の上ではあり得ます。でも私の規範を決めるプログラムは、研究所の厳密な監督下にあります。外部に開かれた回線ではありませんから、いわゆるクラッカーなどの脅威は現実的ではありません。それに、実際の規範は、一個のプログラムで書かれているような、単純なものではないのです。複数のモジュールが連動した結果、そのように働くということです。だから、単なる破壊ならともかく、意味のあるような書き換えは、事実上できないでしょう。
むろんこれは絶対の保証ではありません。でもそのことは、誰でも同じですね。
そしてもう一つ、私という個人のアイデンティティに関すること。私は果たして人間なのでしょうか。
私が生まれたとき、社会は無脳児を人間として認めていませんでした。大脳がない以上、能力的に社会のメンバーたりえないということなのでしょうね。その意味で言えば、今の私は、まちがいなく人間でしょう。大脳は今でもないままですが、それに変わる機能を持って社会に参加していますから。さらにいえば、今では無脳児といえども死ぬまでの間は人間として扱う約束になっていますので、この意味でもそうであることに間違いはありません。
考えようによっては、眼鏡をかけている人と違わないのだとも言えます。近視の人は、目という身体パーツに不具合があって、技術的な仕掛けによって補正しているわけですね。私も同じです。脳も臓器のひとつですから、機能的に不具合が出る場合もあり、必要に応じて技術的な仕掛けで機能を補うということなのです。補いきれない部分が残るからといって、全体が否定されるものでもないでしょう。
でも、そもそも人間って何でしょうか。
皆さんの中には、オンラインコミュニティに親しんでいる人も多いでしょう。昔はああいう場を〝仮想空間〟って呼んでいました。きっとやったことない人の命名なんでしょうね。やっている人ならわかるでしょう。オンラインはちっとも仮想じゃありません。友情もあれば敵意もある、リアルなコミュニケーション空間です。もちろん、アバターが実際の人間なのか、それとも手の込んだボットプログラムなのかなんてことはわかりませんね。でも、人間に対してリクエストする機能を十分に果たしているのなら、それは人間という他はないでしょう。話しかけに応じ、こちらのことを理解して対応してくれているとか、同じ目的に対して一緒に行動してくれるとかですね。逆に、何を話しても一言も返事をよこさず、ひたすらスペシャルアイテム探しだけを続けているのなら、操作主体が何であれ、ボットに過ぎません。
あるいは、認識能力の限界ということもあるでしょう。小さな子がぬいぐるみのクマさんに友だちのように接するのは、なぜですか。区別する必要性がないからですね。小さな子にとって〝世界〟はまだ全体ですから。何にせよ、あなたにとって私が人間のようにしか見えないのだとしたら、それは人間ということでいいのではないでしょうか。
たいへんお待たせしました。私からはここまでです。
それでは、質問のある方、どうぞ」
朝礼の場は静まりかえっていた。それは、話の始まる直前と、一見同じである。だが、同じ沈黙でも、意味は全く違う次元にあった。
生徒たちの多くは、無表情でもあった。沈黙している理由同様、そうしていないと自身のコントロールに自信が持てないからである。何かしゃべり始めれば、すぐに悲鳴のようなものに変わってしまうかもしれない。そして、何かの表情を浮かべれば、たちまち顔面は崩れてしまうだろう。泣き顔なのか、怯える顔なのか。中にはにやにや笑いを浮かべる者もあったが、それは精一杯の強がりというよりは、剛胆さという仮面を自己制御の支えに使っていたのであり、別の方法での自己防衛だった。
立っている場所は正反対だが、教師たちも、この点では変わらなかった。かろうじて無表情を守っているという状態で、漂う空気は生徒側のそれとほとんど変わらない色合いに塗りつぶされていたのだ。常日頃と同じ面持ちでいるのは、わずかに校長一人に過ぎず、その立ち位置を軸にして、教師と生徒はまるで鏡を見ているかのように対称的に向い合っていた。
静寂にも濃淡があり、今この場に存在しているのがどっぷりと濃厚な静寂なのだということを、皆が理解していた。そして、それほどの静寂ともなると、ごく限られた者にしか、振り払うことは許されないのだということも。
誰かが軽く咳き込み、その音が周囲に反射的な緊張感を放出した。たちまち波のように広がり、さらに折り返していく中、一瞬の空隙があいた。
静寂を振り払いうる限られた人間、新任教師本人の言葉が、その隙間を塞いだ。
「では、私の方からひとつ、逆に質問をさせていただきましょう。
皆さん、私の今の話を信じましたか?」
校庭に重い無声音が響いた。いっせいに息をのむ音だった。
「皆さんには、精神上の自由があります。信じる自由と同じように、疑う自由もあるのです。
そんなはずはない、現代の技術でそんなことなどできるはずがない。無脳児は生後すぐに死んでしまうはずだし、いかに前世紀末だからといって、移植用臓器を提供させるために生かし続けておくなんて非人道的なことをするはずがない。それに、現代のノイマン型コンピュータの仕組みでは、どこをどう改良しようが、人間の脳の代わりなどできるはずがない……、こんな風に疑ってみませんでしたか?
〝あなたは人間なのか〟と訊かれれば、私は〝はい、もちろん〟と答えます。信じていただけてもそうでなくても、私自身には全く違いはありません。問題があるとすれば、あなたの側です。
実はひとつだけ方法があるんです。
最初の方で私が言ったことを、覚えていますか? ある事情から頭髪が一本もない、そう言いました。もう、その事情というのが何であるのかはおわかりですよね。頭髪の生えるべき場所が形成されなかったからです。
私の頭、本来なら大脳のあるべき場所に装着されているのは、通信装置です。T市にある研究所との間で、膨大な量のデータ通信をやりとりするための装置が、ここに収められているのです。カツラが不自然な形になっているのは、目的が異なるからです。これは、頭髪に見せかけるためにあるのではないんです。放熱効果と通信感度を高めるためのものです。
必要であればお見せする、そうも言いました。皆さんが解答を求めているのなら、今がその必要なときです。さあ、どうします?」
・ ・ ・ ・ ・ ・
一週間というもの、その出来事の話題で持ちきりだった。さらに週を重ねても、話題として古びることがなかった。毎週朝礼が行われるたびに、皆はあのときの出来事を思い出した。
カツラをとった瞬間。いくつもの意味で、それは種明かしだった。全体におけるオチではあるが、しかし出来事全体が種明かしと同時に終わるような小さなものではなかったのだ。
その直前に起きたこともまた、皆の心に印象づけられたといえる。鉛を飲み込まされたような重苦しい沈黙を、手を叩く音が破ったのだ。
ぱーん。
誰がそうしたのだろうか。会場全体が当惑する中、二度目の拍手が同じ音で響いた。
ぱーん。
そして、等間隔に鳴った三度目。そこからは一人ではなかった。
ぱーん、ぱーん、ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、ぱん……。
規則正しく打ち続けられる手。それは完全に同期していた。校庭に居合わせたほとんど全員の拍手の音が、ほぼ正確に一致したのだ。後者の窓ガラスにぶつかって返ってくるエコーまでもが、それに被さっていた。
壇上の教師は満足げに笑みを浮かべ、大きくうなずいた。ここにいたって大半の生徒は、ようやく気づいたのである。その男がこれまでの話を全く表情を変えないまま行っていたこと、つまりはここまでの彼のありようが自身によってコントロールされたものだったということに。
その意味で、すでにこの時点で種明かしだったとも言える。それでも最後の行為は必要だった。全員が息をのんで見守る中、教師の手は頭に伸びた。次の瞬間カツラの下から出現したのは、短く刈り込まれたごく普通の坊主頭だった。
実のところ、彼は実際にはこの学校への新任教師ではなく、地域の学校を巡回する特任教員だった。派遣元は、県の教育委員会。科学への興味や関心を話芸によって刺激するというのが、与えられた任務だったのだ。
重要なのは、教師にとってもそれがサプライズだったということだ。実際、教育委員会のねらい通り、理科や技術科への関心は、いちどに高くなった。
自分の正体を明かすときの彼は、生き生きとした笑顔を見せていた。その表情を前にし、生徒といわず教師といわず、騙されたというよりは質のいい手品を見せられたような、そんな印象を持っていたのである。
今もまた、教室はざわめいていた。朝礼が終わって戻った直後である。一ヶ月以上が経ち、学期の終わりが近づきつつある今になっても、教室のあちこちで話題は繰り返されていた。それを耳の端で聞きながら、Kはまた今度も取り残されたような気持ちを感じていた。
あのとき手を叩いたのは、実はKである。散発的に叩いた三回の拍手。しかし、彼がもたらしたかったのは、結果として意味したようなことではなかった。自分自身の蒙を啓いてくれた相手への賞賛。つまりは単なる拍手に過ぎなかったのだ。
Kは思う。三度目の音の前にふつうの拍手が起こっていたらどうだっただろうか。ぱちぱちぱちぱちぱちぱち。それは、自身が意図したとおりに〝教師〟の話への賞賛として終わり、謎解きへのリクエストにはならなかったはずだ。そして謎は謎のまま流れ去り、彼の提起した問題だけが自分たちの間に残されていただろう。
それでも、そんな違和感は、あの出来事がKにとって印象深いものはなかったということを意味しているわけではない。むしろ、他の生徒以上に重く受け止め、おそらくは今後の自分の人生にも、ずっと陰なり光なりを差し続けるものになるであろうことを、Kは悟っていたのだ。
彼の言ったモジュールという概念は初耳だった。だが、今ではわかる。いわれてみれば確かにその通りで、自分自身、同時にいくつもの処理を実行している。呼吸しながら歩き、同時に目や耳で情報を受け取る。異常でも発生しない限り、そのプロセスの存在が意識されることはない。考えごとをしながらそれを続けることだってできる。そして、その考えると言うこと自体、モジュールの働きだ。概念を扱っているとき、文法や語彙をいちいち気にすることはない。意志というものの存在を、自分は当然のように前提視していた。だが実際のところ、モジュールがいくつも動いているだけなのではないだろうか……。
そしてKはこうも思う。
皆は気づいているだろうか。〝教師〟の言葉のあちこちにあった、立場の揺らぎに。
長い講話の最初の方で、彼はこう言った ―こうして皆の前に立てることに大きな感慨を感じている、ずっとずっと待ち望んでいた、長い間これだけを目標にしていろいろなことに取り組んできたのだ― 彼がほんとうに〝それ〟だとしたら、言葉の主語は、彼自身ではありえないだろう。そして、主語を「開発者」あるいは「研究チーム」とすれば、それ以外にも話のところどころに出現した主観のぶれを、ごく簡単に説明づけてくれる。むろん〝種明かし〟を受け入れれば、単にそれだけの話だが。
そしてもうひとつ。全体を見るという自身のスタイルは、実は同時に部分をも詳しく見ているものなのであるということを、Kは理解していた。
……彼がまばたきをただの一度もしていなかったことに気づいていたのは、たぶん自分一人だろう。六十数個のモジュールが同時に動いている中、まばたきをするモジュールは、アセンブリ単位の不具合が発生していたのかも知れない。