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砂漠のヴィジョン

 灼熱が、この砂漠の空虚を隠し切れていないことに気付いている者は、そういないのかもしれない。

 水や食料は愚か、人の内なる精神まで枯らす砂漠は、人間にとって大敵そのもの。人間は為す術無く倒れ、枯れ、そして砂になる。


 この無様で虚しい人間の終わりの連鎖に、終止符が打たれたのは古い話では無い。新たなる技術の開発が、砂漠での生活を可能にした。しかしそれは同時に、砂漠に身を置く覚悟を決め、後戻りしないということの証明でもあった。


 我々人間は、この渇いた大地から抜け出すことは出来ない。


 建造物の設置も幾度となく試されてきた。しかし建造物は全て、瞬時に砂漠に飲まれ、砂になる。この奇っ怪な現象に、人間は単純に”砂化”と名前を付けた。


 建造物の設置を断念した人間が次に考えたのは、肉体そのものを砂漠の乾燥と灼熱に適応できるものに変化させることだ。


 これは成功した。

 特殊な装備を身につけることで、人間は砂漠の乾燥と灼熱を受け入れることができるようになった。無論それは完全では無いが、それでも人間が無様に砂に負け野垂れ死ぬようなことは少なくなった。


 今この世に生きる人間は、殆どが砂漠に身を寄せ、生きる術をもって生き抜いている。


 しかし、世の中には例外が存在する。




「副隊長、あれは…」


 隊員の一人が指を指している方に目をやると、そこには怪しげな何かがあった。こんもりとした布が視界に広がる砂漠の中央にぽつりとあった。恐らく、布を被った人間がへたり込んでいるのだろう。


「魔物に装備を盗まれている可能性もある。…予備の装備は持ってきてあるな?」


「はい」


 肩まで伸びた黒髪を靡かせた女、ルシアは甲装馬(プフェルト)に跨がりながら盛り上がった布に目を凝らす。そのルシアの姿は砂煙から目を守るように目を細めているようにも見えた。


 この近くに聖地(オアシス)は無い。もしあれが今にも野垂れ死にそうになっている人間であるとするなら、遠くにある聖地(オアシス)に連れて行く必要がある。

 ただ、甲装馬(プフェルト)もなしにこの砂漠の中心で何をしようとしていたのか、ルシアには甚だ疑問であった。


 甲装馬(プフェルト)に跨がったルシアを含む五名の隊員は、ゆっくりと布へと近寄る。すると布が内側から人の手で払われるように動いた。しかし、そこには何も見えない。ただ、砂漠の砂の上に布が置かれているだけだった。


「何だ?布が独りでに…」


 隊員の一人が口に出して言うと、今度はそれに答えるかのようにどこからか声が聞こえた。


「なんだ、見えねえのか」


 その声にルシアは思わず手綱を握りしめ臨戦態勢に入る。


「そんなおっかねえ顔すんなって。ただ俺があんたらを買い被りすぎてただけだ」


「どこにいる?出てこい」


「仕方ねえな、もうちょっとだけ解像度を上げてやるよ」


 

――――――――――――――ジジジジジッ



 男の声の直後、ラジオが波長を合わせるような音が響く。見る見ると、先ほどまで布があった所に人影が浮かび上がってきた。しかしその人影は、普通の人間では無い。まるで映像のような人影だ。


 そこに、何もいないかのような…。


「驚いたか?」


「なんだ…貴様…!」


 四名の隊員が甲装馬(プフェルト)から降り、一斉に構える。右手の装腕(アルム)を起動する。全員の右腕が光を帯び、黄色い炎が肘の部分からブーストする。


「全員が光拳型(ファウストタイプ)って…効率の悪い小隊だな」


「侮辱する気か!?」


 一人が拳を振り下ろす。ブーストする炎のおかげでその拳は凄まじい勢いで男に襲いかかるが、まるで空を切るように拳は男をすり抜けた。隊員は勢いで倒れ込んだ。同じように他の三人も攻撃に参加するが、全員が同じ結果となった。


「なっ…!」


「一体…この男…何をっ…!」


 男は隊員を無視し、口角を上げたままルシアを見つめる。ルシアは鋭い眼光で男をにらみ返し、腰に取り付けた軽量タイプの装腰(テイレー)に手を当てる。装腰(テイレー)は淡くて青い光を帯び、ルシアの右手に青白く光る美しい光の剣が握られた。


光剣型(シュヴェルツタイプ)ね、そんな感じするよあんた」


「まだお前の方から手を出してはいない。我々の敵か味方か、それをまず聞こう」


 ルシアは男に光剣の切っ先を向ける。男は怯まず、それでもルシアを見つめ続けた。


「う~ん、まあ味方では無いかな」


 瞬間、ルシアは男の目の前まで近づき、しゃがみ込んで懐に入り、光剣を振り上げた。男はそれを避けようとする素振りすら見せない。ルシアの一太刀はあっけなく空を切る。


「ちっ!」


 ルシアが自分の握る光剣に目をやる。


「はい、タッチ」


 男はルシアの身体をすり抜け、ルシアの背後に回っていた。その右手が、軽くルシアの装腰(テイレー)に触れていた。


「触れるな無礼者ッ!」


 ルシアは再び光剣を振るう。しかし、その右手には既に剣は握られていなかった。それどころか、先ほどまで装腰(テイレー)から出ていた青白い光が消えていた。


「まさか…故障か!?」


「故障なんてするかよ。それは俺たちのご先祖様の技術の結晶だぜ?」


 

――――――――――ジジジジジッ



 再びあの音が鳴ると、今度はルシアの装腰(テイレー)が男の身体と同じように映像のような姿に変わる。ルシアは腰に手を当てるが、姿を変えた装腰(テイレー)には触れることが出来なかった。

 起き上がった四名の隊員達もそれに驚き唖然としていた。


「お前、何をした!?」


 男は再び口角を上げ笑うと、右手を挙げた。


「触れたモノを”虚像(ビジョン)化”する。それが俺の能力」


虚像(ビジョン)化…だと…!?」


「聞いたことねえだろうな~、特にあんたまだ若そうだし」


 男はそう説明すると、今度は右手の指を鳴らす。すると、ルシアの装腰(テイレー)は元の姿を取り戻した。


「指ぱっちんで元に戻る、便利だろ?」


「お前…!」


 ルシアは再び光剣を出現させて構える。


「無駄無駄、あんたの攻撃は当たらないよ。絶対に」


 ルシアは男の言葉を意に介さず、しゃがみ込み、剣を握っていない左手で砂漠の砂を握った。それを中空に振りまき、光剣を振るって男目掛けて飛ばした。


 砂粒一つ一つが僅かに光を帯びている。一粒一粒が凄まじい威力をもったまま、男に襲いかかる。爆音に似た音が鳴り響き、辺りに砂煙が立ちこめる。


「攻撃の当たらぬ者などいるはずがない。お前は我々の攻撃を躱していただけだ。目にもとまらぬスピードでな。そのスピードは褒めてやっても良いが、私に解析されるのが早かった……な……!?」


 ルシアは目を見開き、晴れた砂埃を意に介さずに立ったままの男を見る。男は相変わらず口角を上げたままルシアを見ていた。


「機転が利くのは良いが、読みは大ハズレだ。あんたの攻撃は当たらないって言ったはずだけど」


「馬鹿な…まさか…本当に…」


「一つ言っとくぜ。あんたは俺には触れない」


 男はクスリと笑って見せる。そうして続けた。


「ま、俺もあんたにゃ触れないけどな」


 そう言って、男はルシアに背を向けて去ろうとする。


「ま、待て!」


「大丈夫大丈夫。砂漠(ここ)の秩序を乱したりはしねえさ。あんたらに追われるのはめんどくせえからな」


 男はそのまま去って行った。


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