ルミスという姓
ルミス、という姓。
ラガットはそれをよくよく知っていた。
アルーダ・ルミス。ギルドの記録にも、どの大陸の記録にも存在しない名前。照合用の水晶球すらも破壊し、属性を持たない魔の力を持つ者。
ラガットは小さく嘆息する。
「……まさか、本当にこの日が来るとはね」
ミウが、ラガットを彼自身の家の前に呼び出して、そして口を開いた。不信感と恐怖を孕んだ視線で、ミウはラガットをじぃっと見詰めてくる。
「村長、いえマスター……彼は何者なんですか?」
ミウの言葉に、ラガットは首を振る。
「……彼は彼だよ……儂がただ、拾っただけの」
ラガットには、アルーダへの不信感を不用意に広めたくはなかった。それが彼なりの誠意だった。
それに彼が、もし本当にあの古龍の、ラガットに祝福を与えた古龍の言っていた存在だとするならば……
「ミウ、ギルド本部に報告しなさい。彼は……裏ギルドから狙われる可能性の高い存在だと。いくつかの固有スキルも隠す者もあるからそんな簡単に巻き込まれないとは思うが……」
はあ、と溜め息混じりにラガットは首を横に振る。諭すような調子に、ミウはぐ、と言葉に詰まる。ラガットの言葉に村長らしい威圧……と言うか雰囲気を感じ、彼のような元冒険者には勝てないだろう、と思い出したのだ。
ラガットは、龍種を一人で討伐したこともある冒険者だ。その実力は獣人の中でもトップレベルを誇る。今は年老いて引退した身、ということに表向きはなっているが、実際は大遺跡──この世界に、ゼムス大陸のダンジョンを除いて唯一存在しているSSS級ダンジョン──の管理と守護を指命依頼として受け、そのまま村の長として居着いた存在である。
ギルドの職員として一定以上の実力を有するミウではあるが、ラガットと戦闘を行い屈服させられる可能性は……千に一つ、いや万に一つもない。
そんな規格外の存在なのだ、ラガットは。
そんな存在を怒らせたら、では、ミウはどうなる?
「……承知しました、マスター。しかし……彼のことは見張らせていただきます。構いませんね?」
「そこに口を挟むつもりはないよ。ただ……彼には恐らく、才能がある。……儂など及びもつかない、天性の才能だ。だから最後に一つだけ、忠告しておこう。ミウ、君のためにね」
「……肝に命じておきましょう、マスター」
ミウが去ったその後、ラガットは小さく小さく溜め息を吐き出した。冒険者などに成るのではなかった、と何度目かの言葉を口の中で弾けさせ、そして首を振る。
ラガットはかつて、獣人の間で"英雄"と呼ばれた白狼と、ただの人間との間に命を受けた人狼である。毛色が違う故に、人間との間に生まれた子故に、集落を追われ……そして生きるために冒険者になった。
ラガットはその事に呆れを覚え、さらには後悔をも持ち合わせている。
「とは言え……あの古龍には契約を守って貰ってるからね。儂もちゃんと……契約は果たさなければ」
ラガットの持ち合わせる称号の一つ、龍に呪われた者。この称号は祝福でもある。冒険者の間ではその称号を唯一保有するラガットはまさに英雄だった。龍種を一人で討伐し、剰え呪いを受けて生還した彼は……煽られ煽られ、そして疲れきってしまった。
平凡を望み、そして彼の受けた称号はそれすらも叶えた。
「ルミス……この世界を守護している、その一族、か……」