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救世主か、悪魔か

 脈動する光。


 人間と同じ形を取りながらゆっくりと色を得ていくそれは、大遺跡を一気に駆けていったスクトの目にも勿論留まった。

 スクトは目を見開き、そして立ち尽くす。

 脳内で鳴り響く警鐘らしきものが体から自由を奪い、スクトは動けなくなったのだ。ただただ、目の前の光景を凝視するためだけに。

 恐らくはただ、それだけのために。


「それ、は……人の手には、負えない……」


 苦し紛れに唸りはするが、スクトの言葉がローブの彼らに届くことはない。なぜなら彼らは狂信者だから。救いを求めるという信仰に縋る、小さな宗教の信者だから。


 だから、スクトには彼らを止められない。


 ……いや、もう止めたとしても意味はないのだ。魔方陣の中心、光の粒子が召喚されていたそこはすでに一つの影が降り立っていたのだから。瀕死であった何人かはその影を見ると、安心したかのように息を引き取った。






 ……召喚された影が、人物が、緩やかに左の目を開く。




「あぁ、あぁ……我らの召喚に応じてくださり、ありがとうございます……! よくぞ、よくぞこの救いの無い世界に降り立ってくださいました!! 我等が救世主(メサイア)よ!!!!」


 リーダー格と思われる者が跪き、(こうべ)を垂れた。それを見る人物は、彼は、首を傾げて意味がわからないという顔をするばかり。

 しかし彼らは召喚されたばかりの彼の様子には一切構わず、いそいそと何かを取り出してきた。そしてそれらを、大剣とそれに付随する鞘とベルトとを彼に捧げた。目を見ず、表情を気にせず、許諾以外はあり得ないとでも思っているような様子で、だ。


「こ、れは……?」


 彼が初めて、口を開いた。

 疑問を恐る恐ると言った体で表に出す。出会って少ししか経ってはいないが、彼らの異常性を本能的に感じ取ったのであろう。


「貴方様の物で御座います。貴方の忠実な下僕(しもべ)たる我等が永い永い時を掛けて……見付け出しましたのです。つい先日ゼムス大陸のルケス大図書館内で見付けたばかりではありますが、刃毀れはしておりませぬ」


 そういうことではない、という顔をした彼。しかし己の欲しい解が帰って来ないだろうことを悟ると潔く諦め、彼は自分の頭上を仰いだ。

 溜め息を飲み込み、ゆっくりとその剣に手を伸ばし……そして、触れた。


 その瞬間、何人もの首が飛ぶ。

 驚き目を見開いた彼の前で、目の前で、また一人、ローブを着ていた男の首が飛んだ。

 ……彼の首に、輪転する刃が迫る。




「っ、!」


 咄嗟の判断で彼は握っていた大剣を抜き、刀とも手裏剣とも形容できるような武器を弾いた。軽く踏ん張り、勢いを殺すように大剣を振り抜く。

 子気味のいい金属音がし、そしてその武器は……


「……死ね」


 無表情で彼を睨む、スクトの手に収まった。


 とん、と軽い音がしたかと思うとスクトの体が彼に肉薄する。刃が一つになったあの武器が振るわれ、人間の急所、首を狙った攻撃が繰り出された。

 彼は焦ったように唇を噛むが、体は冷静なようで大剣の大きさを活かした防御を展開。

 かなり重い筈のそれは、彼の意思を汲んだかのようにスクトの繰り出す攻撃すべてを跳ね返した。その交戦状態の中、スクトは軽く舌打ちをする。防がれ、届かない自分の攻撃。




 焦れたスクトは一歩踏み込み、大きく振りかぶった。そしてそれを、自身が出せる最大の速度で振り下ろす。

 彼を殺すためだけに放たれた、単純で強力な技。


「、んにゃろう……っ! ふざけるなよ!!」


 しかしその大技は彼の振るった大剣の、有り得ない程の速度が出た斬撃によって防がれる。

 先程よりも重い音が辺りに響き、スクトは無防備に壁際まで弾き飛ばされた。彼はこれ幸いに、と大剣の鋒を相手たるスクトに向けて構えたまま口を開く。


「影に潜む意思よ、我が声に応え彼の者を捕らえよ! 黒魔法第32位階『黒影縛(こくえいばく)』!!」


 口にしたのはこの世界(アラマンデ)の法則の一つ。影の力を借り、相手を捕らえる阻害系の黒魔法。

 彼は表れた漆黒の影に捕らわれたスクトを見ると、自分がしたことだというのにも関わらず目を見開き、驚いたような顔をした。そして何なんだこれ、と呆然と呟く。……だが彼が見せたその隙をスクトが見逃すわけもなく、


「舐めるな……っ」


 すぐ影の拘束から逃れて武器を握り直した。

 軽く息を整えると武器を握り締め、スクトは彼を射殺さんばかりに睨み付ける。


 だが、彼とて馬鹿ではない。

 睨まれるとすぐに気を取り直して大剣を構え、息を大きく吸い込んだ。体から抜けていった何かが少しずつ回復していくような感覚には慣れられていないが、そんなことに構っている暇はないと言い聞かせて彼はもう一度口を開いた。






「暗闇に染まりし(いかずち)よ、──」




 その魔法が何を起こすのか、は彼には解らない。何となく思い浮かぶ言葉に意志を込めるような感覚で唱えているからだ。


 そしてスクトのせいで彼は気付くのが遅れたのだが、彼には過去の記憶が一切──名前から生年月日、出身地や家族構成に至るまで──、一切存在していなかったのである。

 それゆえ彼は寧ろ願うような、または縋るような気持ちで詠唱を始めたのである。これを唱えることで何かが分かるのではないか、思い出すことがあるのではないか、相手を倒すことができなくても、何か、何かが変わるのではなかろうか……──




 だから、彼はそんな淡い願いを込めて詠唱を続けるのだ。








 スクトの動きが思わず、と言った様子で止まる。信じられない何かを見ているような目で、しかし表情は一切変化の無い状態で。……そしてその視線は勿論、彼に向けられていた。


 何が起こるかの予想は立てられていないようであったが、それでも自分の手には負えないと……判断したのか、スクトは大きく彼から距離を取った。

 そしてゆっくりとだが詠唱を完成させていく彼を一瞥すると背を向け、勢いよく大地を蹴った。


「──呪いすらも力とし、生を奪う渇望を呼び起こせ……っ、黒魔法第73位階、『黒光雷(こくこうらい)』!!」


 スクトのその判断は確かに、正しかったのだろう。

 彼がそう唱え終えると同時に幾つもの黒い(たま)が空中に何処からともなく現れ、そして真黒に染まった雷をスクトの先程まで居た場所に落としたのだから。

 しかも、それだけでは終わらない。

 轟音に軽く目を向けると同時、三つほどの珠から大量の雷がスクトに向けて放たれたのだ。防御を無視するであろう威力をスクトは感じたのか、自分の武器で弾くこともせずにただ逃げていく。


 だがそのような轟音の中で茫然としていたのは、彼の方だ。




 予想していなかった。

 予想できなかった。

 だというのになぜ、何も考えずあんな怪しい詠唱を唱えた?


 彼は自分の甘さを理解しながらも頭上を仰ぎ、辺りに響くような声でこう、宣言した。




発動無効化(キャンセル)!!」






 雷が止み、黒い珠が消え、土煙が晴れた頃……洞窟内には小さくも深いクレーターと、炭化した黒い死体のみが転がっていた。

 ただどこか遠くから、スクトの恨みがましそうな声が聞こえてきた。




「この世界を壊すことだけは、赦さない……お前はいつか、俺が殺す。この世界(アラマンデ)に仇為す──悪魔が」

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